2011年06月26日

ごめ〜んね

 体力と精神力をほぼ100%使い切った日だった。教えてて目がくらみそうになってた。一番最後の@新町の出来事だった。壁の向こうにヒトがいてくれてよかった。あれが先週みたいに一人きりだったら・と思うと・・・・だ。

 しかし、こう暑いと(完全夏である)食欲がなくなる。もう喉ごしとひんやり感だけしか食べ物には求めない。あと、刺激。

 そうやって「豆腐オトコ」と化していった去年の夏だったなあ・と振り返る。

 今年の夏はまあまあ忙しい。昔はこんだけ忙しかったら、夏終わりで海外いけたのだが、ヒトの労働の対価は・そしておれの経済的値打ちも相対的に暴落してしまった。世界恐慌個人版。

 今・中三に世界恐慌を教えているが、「今もまた」世界恐慌でもあるのだった。震災のおまけつきの。

 昨夜はかおるちゃんの投げ銭@店・でキングちゃんも来てて、で、ブルーズに乱入。ホストライヴでも乱入しようかな・ホストの特権で。でへへ。

 歌を歌う事とギターを弾く事はまるで違う能力に依って立っている。それが遠くで繋がっている。ギターが死ぬほどうまく・歌が死ぬ程よい・なんていうリチャード・トムプソンのようなヒトはなかなかいない。そうであってしかりだ。だから分業の・バンドの存在意義が生まれる。バンドはコミュニティの成り立ちと似ている。コミュニティ・というかアソシエイションというか。そこには厄介なヒトが必ずいる。

 その他の人々はそいつの無駄に付き合わされる。まあ・あ〜あ・なのだが、そこにはたまに「予定外・想定外」の事態が生まれ、そこに対応するその他の人々の能力が必然的に開発される機会が訪れる。

 1+1が1になるか3になるかのまさに分かれ目ではある。

 ヒトの繋がりとは、もうほとんど運命的と言ってもいいような「ハプニング満載」に彩られていて、まあこればっかりは「来るものは拒まず」の姿勢しかなかろうと思う。特に最近はそんな諦観に包まれている。

 まあそこでも言いたい事は言うしやりたいことはやる。

 すべての関係が「割れ鍋にとじ蓋」なのだろう。含蓄があるなあ・この言葉。とりあえず割れ鍋にも蓋をする・って点が気に入っている。「完璧」という言葉がこれほど似合わない時代もない。もともと似合っていなかったのだろう。そこそこでいこう。

 絶望的に忙しい時期ももうすぐ終わる。そこまで忙しいことはこれまでなかったほどの稼働率だったが、それもまた「ノスタルジア」となっていくのだろう。

 おれなどバカだから、解放されたその日にそのことなど忘れてしまうのだろう。きっとそうなのよ。

 まあ、自信にはなった。おそらく、これは何ヶ月に一度かの「日常」となっていく可能性もある。立場の違う世界に身を置くこともたまには必要なのかもしれない。そんな気さえしてる。

 ヒトは何かをせずに生きていく事は出来ないが、その何か・とは「色々」あったほうがいいというのがおれの強みでも弱みでもあるのだろう。ま・いいぢゃないの。ヒトは千差万別だし。

 わかりにくくで「ごめ〜んね」


 オフェリア・どこ行ったんや〜うーん・リヴォン!!!!
posted by 浪速のCAETANO at 12:42| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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