2011年07月02日

さて下半期(2011.5年)

 2011の後半の始まりですね。

 最近の時間の進み方と凝縮度は一年の上半期・下半期がそれぞれ一年・な感じがしてる。DON'T YOU THINK SO?

 仕事は「おじいさんのおしっこ」なのでまだまだ続く。高校生の期末テストは7/9まで続くのだった。かみさま〜。

 しかし、そんなとき神様は「あらわれない」のが定説であった。そういう神頼みはお互い虚しいのでやめておくのである。

 本日はひんやりしている。いい感じ。梅雨が戻ったのではなく、一旦明けたのだが、また入ったのだ。一緒か? いやちーと違うよ。確かに明けとったのだ。この数日間は正真正銘・夏でした。DON'T YOU THINK SO?

 ひさしぶりに物理を教える。そういうのがあるとリフレッシュする。数学や物理はちゃんとカタルシスがあるからもやもやしないで終われるから、何となくその後の酒がうまい。ひきずらずに終われる。その点語学はちょっと「。」で終わらんこともあり、後で「ん・あれでよかったのかな?」と、あれこれ考えてしまう事もある。後の祭りだけど。

 さて日が変わって7/2。

 本日もまあ忙しい。高校生を昼間見て、夜は外仕事だ。明日は高校生と学校の予習。明後日は学校行って帰ってきて高校生見て、それから外仕事。ああ・明日はリハもあったのだ。数人の人間が同時進行している。もう手帳なしではとっても無理である。

 この激暑の夏は仕事なしで避暑地で「ほえー」としたいものなのだが、そのような「貴族」の人生からはほど遠い。そう思うだけで、実際、貴族にはなったことがないので、実は退屈してしまうだろうと思われる。だから一瞬でいいんだけどね。貴族的瞬間というかさ。

 しかし、そういうことに勝るものもある。音楽の現場だ。音楽と言うと「歌」と思われるかもしれないが、実はそうでもない。歌は肉体労働が9割である。あんまりおもしろいものじゃない。音楽の喜びは「楽器の演奏」にある。そしてこれが、これとはアンサンブルとインタープレイなのだが、これが楽しい。フットボール系のパス廻しなんかに近い・とおれは思う。最近、バカミュージシャンとバカ業界人とバカ学者が、これも商売上の便宜かと思うが、ある音楽をある特定の音楽家個人にのみ由来するかのような話が多い。そしてそんなとき誰それは「天才」である・なんてね。チープ極まりない話である。特に大衆音楽の場合は一人では生演奏は出来ないから、すばらしいミュージシャンの周りには優れたバイプレイヤーが存在するものだ。そんな葛藤と協力体制の中から素敵な音楽とは生まれるものである。個人崇拝も要らない。やっぱり日本は誰かに「天皇の面影」を投影するのが、アンタも好きねえ・なのであって、しかしよ、天皇がリアルな権力者であった事実は歴史的にハナクソほどくらいしかないわけで、天皇を持ち上げる「実権を持つもの」が必ず存在したわけだから。

 演奏が楽しいわけよ。音楽が豊かか貧相か・の境目は「その演奏が楽しいか」による。もちろん、熟練が要る。スタジオ・ミュージシャンのような熟練だけではいけない。プラス・かつてジャズに・ロックに・パンクに存在したあの「熱を伴う熟練」が必要だ。

 そうなると誰とやっても楽しい・というわけでもない。限られてくる。限られた中で、そんな人間とどんだけ知り合えて、その音楽の原型で納得させられるか、それが音楽をやる人間の「真の値打ち」かと思う。

 もう、おれもおっちゃんなので、あまり「根詰めて」はやらないのだけど、そんな距離感もいい音にはたいせつだったりする。

 今・もっとも喰えないものが音楽なのであって、そして喰えている音楽というのは「腐臭」を放って鼻曲がるのであって、となると、パートタイム・ミュージシャンだらけ・という現状になる。

 よく言う、スウィングの大きさというか、あっちの生活がある中での、「純粋に楽しみ」としての音楽の存在をもっとみなさん真剣に考えても良いのでは・と思う。音楽に関して言うなら「プロがすごい」というのはまたちょっと違う。だって「客」が史上ないぐらい「あほ」なんだもんね。

 そして、音楽もまた時系列においてパスされるものだったりする。この二週間は「SWAMP」や「BAYOU」や「STORYVILLE」や「MARDIGRAS」を脳内に溢れさせ過ごすつもりだ。


 FOXY SEXY

 
posted by 浪速のCAETANO at 08:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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