2011年08月06日

今年の夏は何かが違う

 夏を働くということは少しずつボディブローのように効いてくる。

 本日久しぶりに9:30まで寝た。なぜかいつも8時に目が覚めていた。

 最近R&Bをよく聴いている。もちろん旧いものばかりだが、イマドキのR&B・とされるものはあんなもんR&Bではない。

 おれは酔うと饒舌にはなるけれども、「言ったこと」を寝ると忘れる・という特技があり、よく周囲の目を「点」にすることがあるのだが、昨日何を「演る」って言うたっけ・と今メモリー・リコールに苦しんでいる。

 なんやった?

 なんやったかなあ?

 ここんとこ「夏のせい」では・ない。

 
 本日66年前、核の被害が人類史において初めてもたらされた・「負の記念日」である。

 うちの親父は当時小六・お袋は小四。このお盆に実家でちょっと確認してみたい。その情報はどこで聞いて・どう思ったのか・ということをだ。

 間違いなくお袋は奈良で、おやじは疎開先の愛媛だと思うのだが、それも含めて確認したいと思う。そしてその後、自分たちが住むことになる長崎にも原爆が・となるのだけども、そんな未来のことに関しては予測もなにもなかったろうとは思うが。

 ほんとは友人の両親(ほとんどがうちの両親よりははるかに年上である)にもインタヴューしてみたい。多くの人が終戦時に長崎に居た・ということでもあるし。そう言えば、「被爆者」の方もいた。「新型爆弾」とは実際にはどんなどえらいことだったのか。

 資料館にも再度行ってこようと思う。

 以前、岸壁の母の舞鶴を訪れた際に、その記念館で、シベリアでの拘留されていた方々の生活の再現が展示されていたが、それにも驚くのだが、戦後すぐの時代は、天災が思いのほか多く、それは豪雨や地震や台風などなのだが、辛いことが延々続いていたという事実にびっくりしたことがあった。

 その時代のことって日本人「忘れている」そんな気がしている。

 原爆にしても、当時は無知だったから、シーベルトだらけだったと思うが、それが風に乗って拡散していたはずだし、それに関しても何も知らなかっただけかもしれないしね。

 なんだか日本人「あっけらかん」だった・そんな気がしている。

 そんな時代がうらやましくもある。いや・大変だったことはわかります。わかりますが、大変の種類はいろいろあるし、おれたちも自分が体験できる大変しか体験できない・ということだってあるしさ。

 季節の行事みたいだが、この時期になるとそんなことを毎年思うような気がする。今年は、まったく忘れていたが、ふと今朝思いついた。しかし、この「胸が重苦しくなるこの感じ」は大切な気がしている。

 ただ、今は、身から出た錆によって別の破局へ向かいつつある時期なので、思いは複雑だ。

 おそらく、お盆前後のこの時期・今年は戦後初めての「なんか違った日々」になろうかと思う。どう違うかと言うのが二日酔いバカアタマが上手く整理できていないのだが、ただ、人はあらゆる理由でぽろぽろ死んでいくのだ・ということだけはわかる。おれたちは・というかプラス20マイナス10ぐらいの世代は史上もっとも「安全でおもしろい子供〜青年期」を送れたのかもしれないな・とは思う。そしてそれはものすごい「UNUSUAL」なことだったのだ。社会と個人の「発達」が見事にシンクロしていた・ということです。そんなことは「一回性」のことなのだった。

 進歩に倦んでしまったこの社会の中で子供を育てることの絶望的な感じ・世のおとーさん・おかーさんに同情するが、まあ協力できることはするよ。「通りすがりのおっちゃん」として。



 なんか夢中だったat the age of 11
 
posted by 浪速のCAETANO at 11:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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