2011年08月20日

嫉妬

 オトコの嫉妬・厄介だ。

 嫉妬自体が厄介か? 男女問わず。プライドの問題がそこには関わるからなあ。しかし、そのプライド・根拠があることは少ない。まあおよそ、自分勝手な欲望がその根拠になることがほとんどだったりする。

 そんな例を何個か最近見た。

 まあ、嫉妬という感情はなかなか高度なものである。高度である故に、それがあまりに「人間臭い」マナーで表現される時、そのギャップに驚くものだったりする。

 だから不憫である。

 それが実害になるなら、みんなだまっちゃいないだろう。しかし、実害がなけりゃ、放置・しかない。

 古代においては、嫉妬・によって、要職を追われた人々も多くいた。要職を追われる・というが、その中には最悪・殺される人もあった。

 蘇我入鹿(とされるひと)・長屋王・大津皇子・などである。

 流刑(のようなもの)で済んだヒトの代表は、菅原道真である。

 実害を被って、じゃあだまっちゃいない場合、彼らは「祟っていた」。

 その祟り方も半端じゃなかったから、それが、嫉妬から生じたにしては大変な被害を被ることとなった。

 当時は、嫉妬の根拠は権力欲(それも一族を通しての)であるから、祟り方も大層である。だからみんなはものすごく畏れていた。

 その畏れの根拠は「神」の捉え方によると思われる。神が「慈悲」を持つ・とは西洋の考え方かと思う。日本の神は「和魂」と「荒魂」を持ち、良いこともしてくれれば、怖いこともした。

 その怖いこともコミで神は神・だった。その怖い方担当の神は「鬼」と呼ばれるようになるのだが、鬼の形は「異形」である。角・もそうだし、おじいさん/こども・そんな形をとることも多い。要するにちょっと変わったルックスなのだよね。

 ある頃(奈良時代中頃か)から、鬼は日本の裏社会と結びつく。そこは「律令」で捉えきれない人々の生きる場だったのだが、かれらは、もう一つ「律令」の及ばない立場の人間と深く結びつく。それは誰だと思いますか?

 
 それは「天皇」です。このパラドックスがなぜ成り立つかというと、政治と支配の実権は「天皇」ではなく「藤原」が握っていたからなんだよね。

 鬼の有名どころを列挙するなら、行基・道鏡・役行者。聖徳太子さえ、鬼のグループに入る。意外ですね。

 けっこう「ほんとは/ほんとに」エラいひとたちが多いのね。「嫉妬される側」のひとたちである。

 嫉妬の歴史は権力闘争の歴史だったりする。嫉妬が歴史を作った(あんまり芳しくない方向ではあるが)とも言える。嫉妬するエネルギーはバカにできん・ということである。


 o ciume

posted by 浪速のCAETANO at 12:30| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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