2011年08月31日

ぺろが

 長いここ数日だった。

 ぺろが長くないのはわかっていて、しかし、ライヴで一日家を空けざるを得ず、「おれが帰るまでモってくれ」と念じながら音楽をやっていた。

 前日・本格的に「もうヤバい」と思い、その感覚は一週間前にも持ったのだが、段階があったみたいで、そこからおむつもし、バカ生徒に笑われながらもぺろは一週間がんばった。

 ただ、この土曜日は、足が完全にチカラが入らなくなったらしく、立てなくなった。だっこしても「気は虚ろ」だった。目は開いてはいるが、何も見えていない・そんな状態だったと思う。もう何も食べないし、水も飲もうとしないから、指で水を口に何度も垂らしてあげてた。

 床に寝転がっていたから、まあその方が涼しいとは思うのだが、あまりにいたたまれなくなり、バスタオルを敷く。

 そんな中、ライヴで一日空けるのは非常にこゝろに効いた。いたかった。後発組に一度見に行ってくれ・と頼んでいたら、その時はふらふらと立ったらしい。そんな「営業」せんでええのに。

 大正からは深夜になるとタクシーをつかまえるのが難しく、かなりイライラさせられた。

 ハコも良かったのだろうが、ライヴ自体も昔のバカ乗りが帰ってきた・かのような盛り上がりで、その余韻にも浸っておきたかった。カラダが2つ欲しいときってあるよね。

 今度は先発隊から「ぺろ生きてるよ」というメールが来て、ちょうどそれはタクシーが中津へ差し掛かるとこだったから、降りて階段を駆け上る。

 寝たきりながら、息をしていて「がんばったな・ぺろ」と思わず声が出る。「ごめんな」とも。その晩はA美店長に「先に」泣かれ、おれはただただ、毛を撫でるぐらいしか出来なかったのだが、その晩が一緒に過ごす最後の晩だということはわかっていたので、バスタオルのまま、ベッドに連れて行った。一緒に寝ようと思った。

 が、しかし、「暑い」

 そこで、ソファを移動してスペースを空け、目の前にぺろを置いて、一晩中見ておこう・と思ったが不覚にも寝てしまった。ライヴの疲れが出たのだろう。

 目を覚ますと、何かが臭った。まずはぺろが息をしているのを確認し、とりあえず安心し、しかし、何だこの臭いは・と思ってよく見ると、うんこがぺろの肛門から1/3ほど出ていた。臭いはそれだった。その体力ももうないのだ。割り箸でつまみ出そうと思い、その袋を破くと、つまようじが一緒に入っているから、これだ・と思い、うんこを刺し、引きずり出す。うまくいった。ばあちゃん、おれちゃんと介護してる。まあ行き届かないところは数々あるけどね。

 まだ午前中は呼吸はゆったりとしていた。だから少し安心していた。手足の肉球を刺激すると、まだ「掴もう」と反応する。今すぐではない・と確信し、昼メシを買いに出る。帰ってそれを喰い、ちょうど民主党の代表選がやっていたから音を小さくしながらぺろと交互に見ていた。ときどきかるく痙攣する。

 少し、呼吸が荒く・速くなってきて、しかし、まだ肉球の反応はある。ただこういう状態を「危篤」というと思う。アタマを、腕を、足を、背中を、お腹を順番に撫でる。

 飛鳥の地図を見ていて、10分ほど目を離しただろうか、ふとぺろを見ると「息をしていない」。慌てて側へ行き、顔やお腹をカルくぽんぽんと叩く。少し反応があった。そこから手を握り、アタマと顔を撫で、「もういいから早く楽になろう」と呟く。「ありがとうありがとう」と何度も口に出したり、こゝろで唱えたり。

 5分ほど経つと反応がなくなった。思わず上を見る。なんとなく、そこにぺろの「内部」の何かがいる・そんな気がしたからだ。おそらく、いただろうと思う。しばらくいるのかもしれない。それはそれでいい。

 そこから、店長に連絡する。ドライアイスを頼む。

 その日は「お通夜」で何人か来てくれた。「ぺろにゆかりの・・・」そんなひとびと。少数精鋭・かどうかはようわからんが。関係各位にもメールをするがこういうときの反応はヒトの器を露にしてしまう。薄情さも・だ。

 「今日飲み会あるんですか?」という「どっひゃあ」なメールも来たが、まあ今現在の状況しらんもんな。

 店長、飲み過ぎで二日連続の乱暴狼藉だったが、それは「薄情」の対極にある感情から来てるのがよくわかる。

 みんなが帰り、2人だけになる。やっと・泣ける。

 今日までは一応2人やね・ばあちゃん。

 翌朝、トドムンドチームと宝塚動物霊園へ。

 もう慣れたものなのだが、7度目だから。

 焼かれる前に最後に顔でペロの毛の感触を確かめている時には哀しみが突然逆流するかのように襲ってきた。やっぱ、きみは「特別なネコ」だった。そのパーソナリティをだれかに憑依させられないだろうか。きみがいなかったら、まずおれは今生きていない・と思う。きみを絶対に看取るという気持ちが自分を生き存えさせた。これが真実。

 きみの前半は不遇だったと思うが、後半はかなり幸せだったことも知っている。姉ちゃん三人もいたのが一人っ子になっちゃったからね。きみに対する愛情も極自然に沸き上がってきた。おれもそれが良かった。そして、それはおれの「一番弱いパターン」でもある。スポンティニアス・っていうかなあ。まさにそれ。

 焼かれてる時、これはいつものことながら、深呼吸を幾度となく繰り返す。きみを自分に取り込みたい。

 動物霊園のおっちゃん言うてたけど、19歳にしては「骨はりっぱ」やったらしい。おれもそう思った。長寿の秘訣ってなんかあるとは思うけど、きみは小さかったけど、そんな中・骨はりっぱだった。おれを「噛んだ牙」は2つ・もらってきた。タバコケースの中で「からんからん」言ってる。

 宝塚動物霊園にはうちのやつ4人入っているのだが、そこの区画は4が定員で、ぺろは入れない。いい機会だから解約して全員連れて帰ることにした。

 マリーとキキとうーちゃんとたまと一緒に帰ろう。姉ちゃんたちは「え・なんでそこ行くの?」かも知れないが、中津はきみしかしらんわけで、解説よろしく。その他もろもろ解説よろしく。

 どの姉ちゃんたちもそうやったけど・まあマリーは病気やったから違うが、最初はかわいい娘で最後はばあちゃんになって逝く。きみのばやい・ばあちゃん期がひとよりも長く、と思ってたが、そうでもないな、ついこないだまでは・やっぱおねえちゃんのカオしてた。目がきらきらして。ばあちゃんばあちゃん・言ってごめんね。

 一週間ほど前、膝に乗っけたら「耳たぶナメに」来たな。あれが最後やったけど。くしゃみもここ一ヶ月ぐらいはしなかった。個性が
 少しずつなくなって死へと近づいていくのね。勉強になりました。行年19歳・ごくろうさまでした。また・遇おうね・ぺろ。きみで35年のネコ歴は終わり。
posted by 浪速のCAETANO at 11:26| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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