2006年10月03日

ミュージシャン≦マジシャン

 3/4終わっちゃったか・今年も。

 早いですね。早いで。年とともに・・なんて言うとおじいさんぽいので、まあどちらかと言えば好き・なのだが、なんて展開なのだが、まあ・そのう、現実的なハナシ、明日死ぬのはヤだが、さほど目的化した長寿もいかがなもの? と思うわけである。個人の命は「個人のもの」だから放っといてという意見。いやいや、ヒトは社会的な生き物だからその結びつきの一本の糸が切れるということの社会的意味を考えたら、キミ程度の命でもそりゃ粗末にはしちゃいかんぜよ、と高知県人からのお説教もまあそれなりに・・だ。

 元気な時は後者の意見が素直に受けとれる。元気なくなげやり時には前者の意見に包まれ、目が血走る。

 どっちも真実なのね・きっと。Mr.マリックとプリンセス天功・どっちがすごいかを無理矢理素人が投票で決める・これは「愚」の骨頂だが、上記の問題もそんな感じ。その振幅の中で生きてるのよね・ボクたち。

 マジックの世界の進化はなんだかすごい。おれは騙されるの、結構お好きなので、「ほー・ほえー・はー」なんてほんとにアホみたいにそういうの見て喜んじゃうのだが、マジック自体が最近は物理学との闘いと化してきていて、その物理学に挑戦していくマジシャンはニュートンは遥かに超えていてアインシュタインに近づきたい・というような意志を感じる。何かと言うと地球の常識を超えようとする意志のようなものを感じます。双子がいて一人は地球上にいて、もうひとりは光速でシャトルに乗ってある一定期間かけてある星までの往復をすると、あら不思議・旅行してた方が若い・なんて・そんな話。そういうことをやりたい・って意志をすごく感じる。あのへんなガイジンのセロくんだっけ、彼にも同様の意志を感じる。このお三方など、なんだか、背負ってるエピソードも相まって新種の人類・あるいはかつてディヴィッド・ボウイが示そうとした、宇宙人みたいな気がせんでもない。

 よくよく考えてみるなら、おれたちは「先入観と偏見」のかったまりなのだ。その安〜い「常識」を覆してくれるマジシャンは痛快だ。それと同様のものを鍛え上げられたアスリートや芸術家にぼくらは見ることができる。共通して言えることは彼らは「何かに抗っていない」ってことだ。自分の精神にさえ抗っていない気がする。常識さえもそうかもしれない。それを受け入れて、そしてすっとズラす。その瞬間は「聖なる」瞬間で「神」の存在を感じることができるのだろうね。「超」能力ではなくて、能力を磨ききった先にあるものなんだろう。

t-m.jpgシロート裁定はよせ
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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