2012年01月29日

こうなるといいかな

 グルーミィな空。仕事をしている。ほっといて。

 橋下くんの評価・のこの内外差は、なんやねん、ということなのだが、バカ社長'zツートップのレフトサイドの方とよく、飲みながら議論になるのだが、まあこういうことだと思う。

 今、かつての青年将校たちの「新党」が取りざたされてて、元青年将校のおじいさんが、ヤルキー学園であって、ただ、それは亀井ちゃんの先走りが事の発端みたいなことで、そんなに大きな流れにはなる事はないと思うが、ただ、橋下くんと連携をするなら、それはちょっと無視できなくなるだろう・ということなのだが、そんなことは橋下くんのホンネとしてはありだとは思うが、建前として一緒に組む事はなかろうと思っている。

 今・その保守右翼イデオロギーで賛同してしまえば、おのれが都知事の思惑の中に埋没してしまうからね。

 しかし、ホンネは、改革者の顔をしているにもかかわらず、彼は「君が代問題」などから推測するにおそらく、保守右翼イデオロギーの中に収まるヒトなのだとおれは思うし、そこらへんの市民のアレルギーを今は畏れて距離を置いているのだと思う。

 ホンネでやったら・と勧めておきたい。その方がわかりやすいよ。「維新の会」だもんね。

 そんなんで青年将校の仲間入りをしてくれた方がいいとおれは思ってて、それはなぜかというなら、そのわかりやすさは、それに対する反対もまた「わかりやすくなる」からだ。

 今の日本の政治の不幸は、ほとんどが右の集まりしかない事で、右の中でのもっと右・右の中でもまだ左・なんていう曖昧さを内包した集まりしかないことだ。まあ、そのぅ、政治的な意味だけで右とか左とか言ってももう無意味な時代なのだが、その「新党」って政治的な意味での右・なんてのが久しぶりにクローズ・アップされた、やや時代錯誤ながらもある方々には、ある種のカタルシスをもたらす作用がある・そんな気がする。

 立場が曖昧だと、注釈が多くなる。

 世はもう「大きな物語」の時代ではなくなったと言われてから久しいが、そうではない気が去年からしている。

 もう既に民主化は充分なされてた・とみんなが思っていた時に、まだ民主化が必要であると思う人々がいっぱいいて、それは第三世界に限らず、NYにもいて・なんてことが顕在化してきたからだ。

 直接民主制やマルティテュードやマルクスなどという「ヒント」も今は散りばめられている。

 まあ・その「大きな物語」とはかつてのような大きさはないにせよ、これまで封印されてきた考えと、進化してきた考えがどこかですでに「出会っちゃって」んぢゃ・ね? と思えるからなのだ。

 橋下くんが青年将校化してくれると、「そうぢゃなくてさ」みたいなことが、割とはっきりする。それを歓迎する・ということです。

 「大阪人」の廃刊は残念だね。敵を懐に抱え込むなんて荒技ができたら良かったのにね・橋下くん。私怨は置いといてー。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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