2006年10月21日

昨日の続きよりはじめて

 昨日の続き。

 デッドエンドストリートの問題は、別にストリート内の店に何も変化はなく、普通に営業しているにも拘らず、その周囲が廃墟化してきつつあることで、その様子が、味のある鄙びた路地からある種の絶望感漂う雰囲気を醸し出していることなのだ。その姿は再開発がどんどん進むこの梅田の中において古い昭和を引きずった時代遅れの一角にも思えるし、ええように言うなら廃墟の先にぽっかりと浮かんだ桃源郷の島の様相を呈している・と思うのだ。

 北側の路地もどんどん店が閉まっていく。ニュー・ミュンヘンは立ち退かないことが決まっているという。お初天神商店街に面した店までは手は付けないみたいである。

 そんな情況の中での営業努力とはなんなのだ・と思う。お初天神(露天神社)と曾根崎という固有名詞にものすごい集中力で反応したおれの中の10年前のセンティミェント・もうそれは0.1秒の間にテラバイトほどの情報量がアタマの中を駆け巡ったのだが、元禄の世の大坂のあの躁状態を継続的に再現するという思惑はまあ5年ぐらいはありましたかね。

 そう、その元禄の世の大坂のにぎわいなのである。「天下の台所」といわれすべての物産が大坂に一旦集められ、それから全国(含む江戸)へとディストリビュートされていったわけである。大坂には全国からあらゆる出汁材料が集まったわけ。自由にどんな出汁でも使えたわけね。例えば大坂うどんの出汁さや京都料理の繊細さの秘密はこの時代にある。

 もう一度初心に戻って、次の言葉を噛み締めてみよう。
「 高いビルに囲まれて、トドムンド及びデッド・エンド・ストリートの店が営業を続けてて、昼間は廃虚みたいに見えるんだけど、暗くなるとどこからともなく人が集まって来、世界の音楽が流れ、料理が出され、ワインが何本も抜かれ、賑やかな歓声がこだまし、歌が歌われ、さまざまな言葉が飛び交い、それはさながらパリ5月革命の自治解放区のようでもあり、怒るやついれば泣くやつもバカ笑いするやつもおしっこ漏らすやつもいて、横ではネコたちが勝手にくつろぎ毛繕いをしながら、人間ってやつは・・・なんてクールな視線を投げかける」

 廃墟に見えて上等じゃん。さほど自分の理想とは変わらんぞ。違いと言えば、オープン度だろうか。やはり、放置ではなく「かるいおせっかい」ぐらいでいいわけね。その押したり引いたりの人付き合いの妙・ってのが大切なんだね。

 おもしろおかしいことをやり続けるのってエネルギーが要る。そのエネルギーもちょいとどっかで補充しないといかんよ。まあね・おれも最近ちょっとパワー不足だけどね。

 第四コーナー回って最後の直線ってつもりでムチ入れようよ。お客のミナサマにも一言:
「いつまでもあると思うな・親とトドムンド」という言葉を送りたいと思います。

map.jpgここよん。
posted by 浪速のCAETANO at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 路地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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