2012年03月23日

奥の細い細い路 Numero2

 DAY3 「混浴と地震と縄文が入り乱れ・・・」

 アフガンで10数人殺した米兵士。PTSDであった以外にも、リアルな「外傷」が脳にあったという説もある。そんなにアメリカの兵士供給事情が逼迫しているとするなら、つまりそんな兵士でも再度アフガンに戻さなければ「足りない」とするなら、もう無理・である。「オバマの戦争」はブッシュの戦争同様失敗・ということだ。ほんとに、どんな「大義」があろうが、わざわざ他所の国に他所のヒトを組織的に殺しに行くことの理由にはならない。STUPIDなことだ。ヤメてください。

 今・揺れた。9:36 最大震度4・岩手県沖。深さ4km・M5。木造だから音がけっこう。まだびみょーに揺れてます。しかし、1995年のおれたちが、なんとなく理解したように、「あの一番でかいやつよりでかいやつは」来ない・そんな認識がこちらでもあるように思う。

 昼メシは肉じゃがを途中まで作って部屋の石油ストーブにかけ、すき焼き風に卵で喰う。卵かったものの・なんにも使ってなかったのだ。で、赤を飲む。あんまり飲んじゃいけない。いや・いけなくはない。どっちでもいい。好きにしなさい。
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 露天風呂は混浴である。ようある混浴の現実として、「ああ・混浴だべ・しなびたばーちゃん、はいってるべ」とかよくあるが、本日、カップルが2組入ってきた。ばーちゃんもいたけど。しかし、そんなとき意外とどう振る舞うか、考えてしまいますね。おれ、タオルで隠したりすんのあんまり好きじゃない。しかし、上がるためにはカップル前を通らずに上がれない。そして、まあ考えたなあ。カノジョと混浴におれなら入るかどうか? これ・なかなかむずかしい。結論が出ないです。うーーん・どうするかなー、と考えてたらのぼせてしまって、お袋からもらった念珠もなくしてしまった。

 なんとなくチョーシ狂う・ってのが現実である。スーパー銭湯でありがちな、すべてを「放り出して」寝てるおっさんのあの状態が「風呂の理想」かとも思うから、そこをねーちゃんがチラ見しつつ通り過ぎるのもどーか・だ。しかし、ばーちゃんの「豪快な股間洗い」には先達の威厳を感じました。そこ・そんなに「特殊な」場所ではなくなってくるのかなあ。なんかその・すごい!!!畏れ入ります。

 こっちへ来てから、TVは見ないのだが、ひとつだけ「相撲」を見ている。大阪場所ってのが、また「へん」ではある。しかし、昨日今日と熱戦が続いている。特に幕の内の前半。今日は「大村崑」ちゃんが砂かぶりにいる。そしておれは髭を剃っていない。今・ほんと、どーでもいいから、なのだが、ヘアガムも持ってきていない。

 今・まぎれもなく「東北」にいるのだが、その広さを一カ所に留まりながらも感じている。それは仙台からの「けんじライナー」に乗ってる時間がただ一つのリアルな根拠なのだが、それと同じ時間をかけても津軽半島の先端まで行けるかどうか。「白河の関」はその歴史が蘇我氏の時代にまで遡る。当時、異人であり、敵であった「蝦夷(えみし)」の侵入を防ぐ目的であった。その後、多賀城が陸奥国支配の最前線となるのだが、意識の上で延々、「日本」と「蝦夷=辺境」を区分けする「場」であったはずだ。司馬遼太郎だったか、書いていた。東京(江戸)にとっては、東北は単なる「Hinterland(後背地)」で「田舎」に過ぎないのかもしれないが、上方の東北への憧れは、そこが「辺境」であるがゆえに募るのだ・と。けんじライナーでも途中、「平泉」に立ち寄った。中尊寺金色堂の平泉、奥州藤原氏の平泉だもんなあ。「藤原嫌い」のおれではあるが奥州藤原氏はちょっと違う。西行もその一族である。その西行の足跡を追った芭蕉の「奥の細道」が決定的かと思う。時は元禄・上方の町民文化が盛り上がった時だし。やはり、上方から東北への憧れというのは、フェチか・と思うほどだ。京都が都だったということが大きく、それが辺境への指向性「東北を目指せ」となったんだね。もうひとつは、イザベラと同様に「異族」との出会い・そんな冒険のニュアンスもあったのだろう。

 イザベラはアイヌと熊に関して言っている。
しかし、どうして彼らは熊を崇拝するようになったのか、その気持ちを理解することは不可能である。というのは、彼らは彼らの流儀によって熊を崇拝し、熊の頭を村の中に安置しておくが、また一方では熊を罠にかけて殺し、その肉を食べ、その毛皮を売るからである。この野生の獣が、無生物である風や雨などの自然力よりも彼らの気持ちを崇拝に駆り立てているのは疑いない。アイヌ民族は熊崇拝者として他の民族と区別することが出来る

 まさに「なめとこ山・・・・」だ。イザベラによるアイヌと宮沢賢治がここで「こんにちは」だ。

 熊祭りでは小熊の頃に捕えた熊(子どもの遊び相手でもあった)が大きくなると、熊殺しの儀式がある。みんなで襲いかかり、熊を絶命させると、頭を切り取り、武器は熊に捧げられ、その武器に対して熊の復讐を祈願する。そして祝宴の中、熊の頭を柱の上に安置し、礼拝(酒)を捧げる。そしてみんなが酩酊して祭りは終わる。

 別の人々は熊に数人が馬乗りになって殺す瞬間にこう叫ぶ「私たちはお前を殺すが、熊よ、アイヌ人になって早く戻ってこい」と。この「アイヌ人になって早く戻ってこい」、これですよね。

 「混浴の おんなはぶたで 雪崩起き
 「山際に 冠雪淡く 彼岸花
 
 DAY4  「雪の露天には雪割りがいい」
 昨日は、赤坂憲雄氏に三度遭った。大阪から持ってきた日経の夕刊、ETVの高村薫氏の番組での対談、そして梅原先生の文庫の解説。東北学の人。やっぱ、そっち方面掘り下げて行くなら、何かに誰かに遭える・ということだね。昨日はSAVVYの元編集長の野田達哉くんが、たまたま陸前高田に取材に来ててFACEBOOK上でチャット。彼、さすがに今東京だから、東北は馴染みみたいで、大沢温泉のまだ先の鉛温泉も紹介してくれた。白猿の湯。そこは「湯治部」というものがあって、自炊部と同じように長逗留できる。風呂で出会った方の話によると、農閑期には「自炊部」「湯治部」は一杯になるという。今回微妙な時期で4泊もできたのはラッキーだった。来年はそこも候補・と今思ってる。

 今朝は氷点下だが、それで大阪にいたら寒くてたまらないと思うが、こちらにくるとさほど「寒い〜」とは思わない。温泉があるからかなあ。それとも精神の解放が原因だろうか? さて、そろそろ「帰りたくないシンドローム」である。試験のできが気になって生徒たちにメール。返事待ち。もうしかし、今は「欲望全開」して、ギャル化してるだろうなあ。もう手に負えん生き物になっているはずなのである。

 朝露天。本日は雪!!!こういうのを待ってた!!!雪見風呂。けっこう降ってて、縁に座って腰までの湯。雪が上半身に当たって、ぴりぴりちくちく、しかし、腰から下は温かい。至福の時である。京都から来たという定年寸前のおじさんと長話。昨日も同じ時刻に入ってたみたいで、となると、話題はあの「混浴状況」へ。「あのおばさんのおっぴろげはどーよ」など。まあ、一週間目くらいになると、お互いすっぽんぽんで話できるようになるのではないか。そんな気がしてる。要は「慣れ」なのよねー。はだかの付き合い自体はもうこの歳になるとそれはそれで「悪くない」。
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 やっぱり食材を買い過ぎて、余ってしまう。で本日は、残ってるものオールスターズでシチューを作ろう。それを喰い切って大沢温泉を後にしよう・と決意する。しかし、なんだか今回はチカラ入り過ぎ、もっと気楽でよかったな。食材ももっと少なくてもよかったな。コーヒーとたばことワインとなんかイタリアンの材料だけでもよかったな。また来年来よう・絶対来よう。湯の峰の「あたらしや」のようなもので、馴染みの宿ができるのはいいものだ。
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 今日は氷点下6度だってさ。今も1度だけど、なぜか「そんなに寒くない」お湯のおかげだろうか。おこたのおかげという気もする。いやー・おこた三昧でもありましたよ。昨日からは座椅子も来たしな。座椅子ないと腹筋つかうつかう。本日も地震である。しかし、起こってるところを点で繋いでいくと、なんとなくだが、そのヤバさに気づく。それは点ではなく太平洋プレートの沈み込む「線」となり、下に引っ張られるユーラシアプレートが接点に限らずあちこちで破損している状態ではないかと想像できる。関東の沿岸部ではなく内陸で小規模の地震が頻発しているのはそれで説明がつくと思う。そんなこんなで、入試では理科は地学を選択していたおれの結論。「東京直下型地震」は起こります。規模はわからない。わからないし、できれば小さくあって欲しいけど、「間違いなく起こります」。内陸ってことで言うと、東北よりも関東だと思う。日本列島って海岸線が三陸はほぼ南北。ところが千葉辺りから北東-南西を結ぶラインとなる。太平洋プレートはハワイの海嶺から湧いてきて日本で沈む。つまり東から西へと移動している。だから南北のラインは東西の動きと垂直だからまだ強い。ところが北東-南西のラインは東西から45度の斜めだろ。東日本大震災で何個かそのプレートの接点が壊れていることがわかっている。それを前提にすると、1列横隊で攻めて来てる敵を1列横隊で受けとめてる三陸沖はまだチカラが均衡するが、斜めに攻められると「破綻」しやすい・というのがお解りになるだろうか? それがプレートの接点で大規模に起これば東海・東南海、接点の奥で起これば関東内陸からフォッサマグナの中部ということになると思う。さらにはそれが富士山のマグマに点火したら・・・・、こわいですねこわいですね。だいぶはしょった乱暴な推論ながら、おれは東京行くのはやっぱりいや。

 こんなに風呂入ったのって何年ぶりだろうか? 基本的に風呂嫌いのおれですが、やっぱ露天のすばらしさだろう。解放感が他の風呂とは比べもんにならないもんねえ。龍神の上御殿のこじんまりした露天もハニーと入るとかなりよいのだが、ここの広々とした露天はほんとすばらしい。広いだけなら川湯の「仙人風呂」という手もあるけど、あれはカイパン必須だからさ。やっぱ「放り出し」でしょう・風呂は・基本。まあしかし、おれが知らんだけで「すんばらしい露天」なんてのはまだまだあるのだろうね。特に東北にですね。
photo_14.jpg最初はこうなのであって。
photo_15.jpgそれがなんども風呂に入ってるうちに〜
photo_16.jpgなぜか突然こんなんなって〜
photo_17.jpgこんなんですらあったりする〜。温泉って不思議。
photo_14.jpgでも、温泉はいらなけりゃこんなんなので〜誤解のないよーにー。

 露天だけでなく、今は「東北」なのだ。おれの中では。今回イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を大阪で途中まで読んでて、こちらへ来るのに合わせ後半を読み続けた。もうイザベラは北海道行っちゃってるが、北海道は蝦夷(えみし)が本州から追い立てられた辺境である。その蝦夷たちの末裔がアイヌ・で間違いないだろう。実は蝦夷たちはかつては近畿地方にもいたのだ。日本書紀にある神武東征の話。神武を最初に生駒で退けた「ナガスネヒコ」そして「土蜘蛛」それらは縄文人のことであろう。どちらも重心の高さをほのめかすネーミングだ。

 倫理観の高い縄文(蝦夷)は倫理観のまったくない現代人そのものと言ってもいい「弥生人」のマキャベリズムに蹂躙され、追い払われ、そして改めて征服された。それが日本の古代のプレヒストリカルな時代の概要だと思う。つくづくやるせないと思う。優しさや気高さは、小賢しさ・セコさによって貶められ、辱められ、なかったことにされる。現代もその何百回目かのその愚行が繰り返され、もうそれに逆らうことも忘れられ、それは愚行に寄り添って美味しい目に遭う・なんてことがマニュアル化されているから、その批判も空中浮揚したまま着地できない。

 イザベラのアイヌウォッチングでも、多少の自治だけを認められつつも、開拓使の管理下に置かれ、そのなかで自滅していきつつあるアイヌの人々が描かれている。貨幣経済・資本主義、それが「農耕・牧畜」の始まりによって運命づけられていたとは言え、その中で歴史の裏側へ押しやられた人々に再度光を当てる・そんな作業が今とっても必要なのではないだろうか。いや・そこはみんななんか頭ではわかってるのね。再生可能エネルギーがいいよね・なんて言うのと相似だと思う。ただし再生可能エネルギーのうさんくささは、「そこで儲けたろ」という資本家がウンコとハエのハエだっちゅうことだ。資本主義でないものを模索する過程が資本主義内部のサブルーチンに組み込まれるシステムが出来上がっているこの現代で、じゃあ・一体どうすればいいのか? わからない。

 「じゃ・早い話・どうすれば」「こうしさえすればいい」そんな短絡的な会話で埋め尽くされているこの時代に、99%の富を独占する1%のほとんどが「ノブレス・オブリージュ」ではないこの時代に何かできることがあるのだろうか? 自分が自分の共同体の中で「ノブレス・オブリージュ」になれればいいのだけど、それさえも土台が崩されつつあるこの時代によ。そこ・みんなが「がんばる」ところかもね。どうがんばるの? そこやねん。But how? いや・まぢでよ。

 こちらでTVを見ていると、震災・津波・原発関連のトピックなどで、「あ・それは今・ここ・の話なのだ」と気づいて、背筋を伸ばすということがありました。その被災からの未復旧に関して話してる人が隣の街の人だったりするからね。大阪でTVの番組を見ているのとは、やはりリアルさが違うな・と。なんか、いつもの旅と違って毎晩「酔っぱらって寝る」なんてこともなかったな。「酔っぱらって寝る」とは、安心が前提でないと不可能な話で、それが今は土台が揺らいでる。震災と津波と原発とあとは社会のどうしようもなさが原因だ。

 ひっつみ・という料理を食べてみた。郷土料理で言わば「すいとん」である。なんとまあ・しみじみとした味!!!とびきり旨いってわけではなく、ただ、これで育った方には忘れられん味だろうな。いろんな思い出が入り込む余地がたっぷりある味だもん。根菜・きのことともに、小麦粉が(吉田健一氏ならうどん粉が・と言うだろう・でもそっちの方が近いか)丸く扁平に伸ばされて何枚か入ってる。ザ・モウスト・しみじみ大賞だ。流れで今日はワインじゃなく焼酎を飲もうと思って氷探索の旅にでるが、事務所も閉まっちゃってて困った。で、外に出て雪だるまの片割れにして持って帰ってきた。
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 オンザスノウ。おいしい。オンザスノウマン・か。明日は寒そうだ。今日から気温がまた下がった。ストーヴをつけている。明日の最低気温は氷点下四度だってさ。江頭着用のこと。明日は「春分」だねえ。にもかかわらず。


 丸三日、どこへも行かなかった。なぁんにもしなかった。本を読んで、メシを作って、風呂に入っただけだった。なんと無益な、なんと自堕落な日々だったろう。しかし、なぁんにもしない・ってこんなにいいのね。まあ、でもさ、休日もなく何日も働いたしね。いんぢゃね・こんぐらい。

 明日は花巻市外を雪の中(雪なのよー)レンタルチャリで走ろうかな・というプラン。ただ、花巻・「坂」多いらしいです。イギリス海岸・賢治の思い込み(今見たらどひゃーorは?だとは思うが)に寄り添いたい。ここでもう一度(本日6度目の風呂へ行く)。・・・・・・・帰って来たが、むっちゃ積もってた、で、雪を露天でも調達。外出なくても良かった。フロゥズン焼酎・だはは。この際、シーベルトもベクレムもI don't mind. しかし、やっぱり、あの露天・夢を見ているとしか思えない。入れば入るほど、そのお湯の熱ささえ幻想的になっていく。その夢とは賢治が見た夢と1mmでも擦んないだろうか。理想を求める気持ち・あるよー・おれだって。それに対する障害って、賢治の時代も今もさほど変わらんのかもしれないね・とも思った。賢治だって、生きてるうちは「リアルでくの坊」と近しい人以外には思われてたんだし。状況はその頃から「変わっとらん」てことかも・ですね。しかし、このフロゥズン焼酎の味、忘れない。来年来ても、この感動の深さはおそらくないからだ。また他の状況はあるやもしれぬが。

 ちょっと今回、エポック・メイキングやったですね。つまんない今のどうしようもない・「来たるべき死と滅亡のために」進んでいるこの国の状況の中、この国がそうならないためにも弥生の考えではなく縄文の・蝦夷の知恵がもう絶対に必要なのである。おれはもう・わかった。それをみんなにわからせるためには、ものすごいパラダイム変換が必要なこともわかった。ここでもまたBut how? なのだが、それはそれ。また明日考えよう。本日の結論、中途ぱんつはいいぱんつ。かんけーないが、でも・なんか移動を求めてる自分もいる。

 ま・いいや、もう一杯だけ飲もう・大沢温泉の雪で。
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DAY5へとつづく。

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:47| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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