2012年04月04日

西の端から

 DAY 1 

 東北から帰ってきて一週間。今は西の端にいる。日本も狭いようでまあまあ広い。
??-14.JPG美しい日の出から始まる旅だった。めでたい。

 長崎は今日は「暑いぐらい」。桜もこりゃ意外に「お満開」早いのでは。旧友たちと「花見」しようよな・と言っていた。約束は守れそうだ。

 死刑囚が3人、本日死刑執行された。あのさ、被害者の「報復感情」はわかる・とは簡単には言わないし、言えない。ただ、死への恐怖と死までのおよそ15分間、死刑囚の人々を苦しませる「必要」がほんとにあるのだろうか? 逆に言うなら被害者は、その15分間の加害者の苦しみで「気が済む」のだろうか? おれは当事者ではないから、そこんとこどうこう言う筋合いはないのだが、「国が被害者に替わって」執行する死刑の・その犯罪同様の「残酷さ」には「おえー」となる一人です。国による死刑というより「国家による殺人」。愛する人を無惨に殺された・とした場合、今のようなことが言えるかという自信もないが、だからといって、「粛々」と書類にはんこで、「死刑!!!@こまわりくん」(ふざけてすいません)というのが、その現場における・おそらく「想像力の欠如」がなにかしらやりきれないだけなのだ。

 五線紙を買いにダウンタウンまで出て、ついでに昼メシは「決めていた」。ボルドー亭でトルコライスを喰う。まあまあ。ただもっと旨いのがありそう。ちょっと「トルコライス行脚」してみようかな・と思ってる。この地に神崎君と言って「トルコライス・マニアックス」というブログをやってる、延々長崎各地のトルコライスを喰っちゃー・アップしてる「トルコライス・バカ(失礼)」の方がおられまして、すごいの・彼。

 トルコライス・バカ、なんちって。面識は・なし。だはは。

 おれごときが、どうこう言うより、トルコライス マニアックス turkishrice-maniax.ks-depots.com/です。ぜひ訪れてみてください。
??-13.JPG@ボルドー亭。トルコ「風」ライスといいます、なぜか。

 さて、本日の晩メシは、鰤三昧、腹身の炙りがいかんなあ・ヤバいなあ・食い過ぎちゃったなあ・鰤だけで腹一杯ってのは「倫理的」じゃないなあ。15kgのやつなんだって。それがどう・っちゅうのがおれはようわからんのだが。しかし、炙りは・反則・タイガージェットシンの狂気凶器攻撃。

 明日は「ヒラメ」だという噂。カルパッチョに一部強奪する予定。

 DAY2

 本日・長崎市は19℃。あの・こないだまでのおれの家の「なんだかしらん寒さ」がウソみたい。しかし、もう春分はすぎてしまったのであって、これからは間違いなく「夏」へと向かうわけだし、気が早いがもう「南部・目指し」ちゃおかな・ぐらいの「気分早漏」のおれなんかはもうすでにアタマの片隅にそんな部屋を準備してしまった。

 
 東国と九州連合に対して朝廷・西国と結びつく東北、これが中世にしばしば見られる政治状況なのだけど、その際の東北の中心とはどこかというなら、それは「平泉」なのだった。奥州藤原氏の本拠・平泉はその「豊富な資源による資金力(主に金)」を背景に、約100年間の栄華を誇ったのだった。そのアイコンが「中尊寺金色堂」なのだが、その金ぴかは、下心のない金ぴかなんだね・京都の寺なんかとは異なり。金がほんとに「豊富」にあった場で、「ただあるからそれをふんだんに使いました」というようなもの。もちろん金の価値は当時も「ものすごい」というのは、今と同じだけど。

 もともとこの金色堂は葬堂である。阿弥陀堂。阿弥陀如来がご本尊。死後、人が行く世界の極楽浄土の主である。ただ、ここには今の(おそらく当時も)感覚ではかなり「おそろしい」ものが在る。それは藤原三代の「ミイラ」なのだけど。

 ミイラってのは、仏教とは何の関連もない。これは蝦夷(えみし)の信仰である。いや蝦夷というより、仏教が入ってくる前の古墳時代・大王が死んで、その際その妻が行う「モガリ」を連想させるし、一部のアイヌが行う、首長の死に伴ってその妻が毎日死者の身体を洗って、もうズバリなのだが「ミイラ」にするそのような儀式があってそれ「そのまま」ぢゃん・ということになる。やっぱり蝦夷は縄文と極近い概念でもあり、文化を担う人々というのはほぼ重なっていると言ってもいいのでは。間違いないだろうね。

 奥州藤原氏の初代藤原清衡は当時の院・白河、鳥羽とうまいこと・やりながら、朝廷と東国・東北とのパワーバランスに細心の注意を払いつつ、平泉に理想郷を作り上げた。100年も・ともたった100年、ともモノは言い様だが、その100年は、後の鎌倉幕府のプロトタイプとも言える。だって武士の政権ってまだなかったですから。

 源義経は奥州藤原氏三代目秀衡が匿い、そして秀衡は義経を大将として頼朝とも闘う気満々であったのだが急死する。四代目、泰衡はかくまっていた源義経を差し出すことを頼朝に求められ、苦渋の選択を強いられ、義経を殺しその首を頼朝に差し出すことになる。しかし、頼朝はそれで泰衡を許さなかったのである。マキャベリズムはそんなことでは妥協などしない。頼朝は平泉を攻め、奥州藤原氏を滅ぼす。

 しかし、宮沢賢治が言っているのだが、賢治は頼朝を「大泥棒」と呼び、そしてその大泥棒は平泉の文化には触れ得ていない。なんだか触ることのできない「品」に気後れしたのだろうか。おそらくそうだろう。武士ではあったが、朝廷の貴族よりもお金持ちで、絢爛豪華な文化と阿弥陀如来に包まれたその王国を見たとき、がさつな坂東武士には、なにかしらストッパーが働いたのだろう。ベースに異なる哲学をもつモノを見たとき、頼朝はそれを破壊するほどには超がさつではなかった・ということかもね。

 毎晩、晩飯がサカナ三昧で、一昨日は鰤、昨日は鰤と伊勢エビ。一昨日の酒は浦霞、昨日はガヴィ、ここはおれの担当。昨日は「また鰤かよ」ということになって、じゃあ・カルパッチョにしようか、そして伊勢エビも刺身だけじゃ芸がないなあ・じゃ二匹はボイルで、味噌部分をアーリオオーリオ仕様にして、上にぶっかけようぜ・って話になり、ここもまあおれ担当。
??-10.JPG鰤のカルパッチョ・鰤の炙りと鰤・伊勢エビお造り・いろんな新鮮すり身のおでん風・伊勢エビのアーリオオーリオは撮るの忘れる。

 チカオちゃんの寝たきりになってしまったおかあちゃんのために「浪速のカエターノ」お茶の間ライヴ。届いたのでしょうか?

 後は、親たちと「同じ空気」を吸っている。何も特別なことはせず、まあ一緒に桜を見ながら、買い物に行ったり、川沿いを歩いたりしているだけ。それをやるためにここにいる。時間はまあまあゆっくり流れています。

 DAY3
 
 急遽、レントゲン部長と番長とで花見。連れて行ってもらった場所がとても良かった。大村湾を見下ろす丘に咲く巨木の桜が7分咲きだった。海が見えるってのがかなり良く、それは長崎ならではの花見だな。生憎やや風が強く、大村湾は「ラ・メール」の凪ではなかったけれど、いや・しかし、「ここで死にたいね」と思いました。死ぬ場所・とは「最も安楽・な場所」という意味である。海と桜の取り合わせ、暖かい空気、赤ワイン、そんなコンディションでね。
??-7.JPGお見事!!!
??-8.JPGラ・メール+チェリィブロッサム
??-9.JPGMEUS AMIGOS IMPORTANTE
??-6.JPG穏やかな「うちうみ」だった。
??-5.JPGばかだった。

 そこからレントゲン部長宅まで戻り、途中牡蠣をアホほど買って、もうなんかわけわかんない宴会状態となり、「右翼がー」「左翼がー」みたいな話になり、ばかトドムンド状態におそらくおれはなっていたのだろう。幸運なことに「覚えていない」。家に帰ったら「笹川先生」の本をレントゲン部長から借りていた。なんなんだろ?
??-3.JPG喰い散らかす。

 さて「俘囚」の話。朝廷は多賀城を造り、胆沢城を造り、徐々に蝦夷(えみし)を北へと追いつめていくのだが、征服された地域の人々は「捕虜・奴隷」となる。それが「俘囚」である。そして、その俘囚がまた次の蝦夷との戦いの「最前線」へと投入されるわけである。同族に同族を攻めさせる。悲劇・だなあ。

 ちょっと時代は遡るが、まだ日本が日本ではなく「倭」国の時代、大打撃を受けたの。元寇なんかよりももっと酷い打撃。これも我が国の伝統かとも思うけども、わざわざ他所の国まで出かけていってそこで暴れる・というやつですけど。それは「白村江の戦い」ですが、もう滅んでしまった百済を再興しようとわざわざ、朝鮮半島まで船を連ねて、唐・新羅連合軍と闘った。結果はご存知のように「ボロ負け」だった。中大兄皇子とその母の斉明天皇の決断なのだけど、なんかこれ、おかしいよね。なぜ滅んでしまった百済のためにそこまですんの? って思うんだが、それは中大兄皇子とその母の斉明天皇がかなりの百済シンパだったことの証明でもあるし、百済人だった、という説があるほど。藤原鎌足もそうであった・そんな説さえある。

 余談になりましたが、それまで「倭国」というのは、いわゆる「弥生人」「渡来人」の国で、その範囲は朝鮮半島南部からまあヤマトまで、広く見積もっても今の愛知ぐらいまでだった。そのわざわざ攻めに行ったあげくの大敗北によって、もうそっち方面に領土を広げることは無理になった。それから、フロンティアは東になったわけよね。東国・そして東北、要は同じ国土に住む「別の民族=蝦夷」を攻めようということになった。その初代「征夷大将軍」(この字が「すべてを物語っているが」)坂上田村麻呂が最初に築いた前線基地が「多賀城」だった・ということです。そして、その際には俘囚が最前線に投入され、同族との戦いを強要された・ということなのだった。

 ここ長崎に来て、厭なことを耳にした。市議会は「がれきの受け入れ(福島ではなく宮城・岩手からのもの)」を決定したみたいなのだが、いくつかある被爆者の会がその受け入れを拒否しているという。「なんだ・それは?」とおれは思ったなあ。放射能に対するアレルギーは広島・長崎が最も強い。それはよくわかるのだが、この国難に臨んで、福島でもない県のがれきを受け入れ拒否ってなんやねん。長崎は、みなさんもうお忘れかと思うが長崎大水害(昭和57年)、さらにはもうそれ以降の巨大災害頻発で上塗りされてしまった感があるが「雲仙普賢岳」の大噴火もあった。そんな際に、やっぱり他府県からの善意の恩恵に与っている。被害者の・なんというかなあ・その立場からの「原理的主張」がなにかしら時代とそぐわなくなってるのではないか・そんな風に思う。おそらくその「原理的主張」による既得権益があるのかな・なんて勘ぐりたくもなる。こんなときこそ、つまんないエゴはちょっと脇に置いといてー、長崎・広島が率先して、そういうことをするなら、他の自治体にも刺激になり、おそらくもっといい国になる可能性がそこにないか・と思うのだ。今・最低なんだから。今とは違うことをしないと。ま・こんなことを言うと、橋下くんへの「余地」を与えちゃうことにもなりますけど。

 DAY4
 昨日の飲み過ぎにより、一日中死亡。赤ワインとええ肉を使った肉じゃがを作る。パパ・ママにも好評。最後は親父・メシに乗っけて喰っていた。こらぁっ!!!糖尿病。
 
 DAY5
 昨夜の早寝により早起き。
 ではあらためて、三人で花見行きましょうか・ということになる。なんやかんや買って桜を見に行く。3年前は、お袋が料理していたが、まあこれも時間の流れ。親父はエビスビール、おれはコノスルのカベルネ。まあワイン一本空けたぐらいからおれもチョーシ出てくるのであって、いろいろ寺山絡みの話の「取材」を敢行する。もうしかし、やっぱし、おれは寺山とうちのおばはんの「純愛」を書きたい。これはもう「純愛」としかいいようがない。あんたらは「平安貴族か」とつっこみたい。「LOVE LETTER」が「詩」ってなんなのよ、一体。そんなことをお袋と熱く喋っていたら親父は食い過ぎて「犬のように」寝ていました。その後、起きてアイス喰うとったが。 
??-2.JPG家族との時間を彩る花だった。

 桜から帰ろうとしているとマー坊から電話。よーし、最後の友人たちとのいい時間を過ごそう。いや・あのね、おれも普段遊んでるように思われてるが、このおよそ30年間以上、ずっとなにかしら働き続けて来た。こんなに「休み続けた」のは初めて。でも休む意味もありますね。意味は確かにある。

 DAY6
 さて、そろそろ仕事モードに戻ろうか。って戻れるのか?
 戻れるさ。ほんまにぃ?
 こっちきて、というか東北でもそうだったし、新潟でもそうだったのだが、すべての「地方紙」になのだが村上龍さんが連載をしていて、それは「55歳からのハローライフ」という小説なのだが、ちょうどおれが村上市に〆張飲みに行って、その前に佐渡へ渡るときに拾った新聞に於いて第一話がスタートしたばかりだった。長崎新聞では「村上龍」「吉田修一」という豪華な連載である。なんか、おそらく大阪や東京にいると、地方のことって見えにくいのだけど、確実に地方は地方で、それが全国版になろうがなるまいが、そこに人が生き、そしてそこにはそこの文化があり、東京発信ののっぺりした情報ですべてが上塗りされている感が大きいけれど、そんな日本っていびつだな・と思わざるを得ない。さらにいうなら、街の規模と人間との相対的な関係を考えると、地方都市の「無理のなさ」って悪くないな・と思えてくる。

 北から西まで「振り幅」の大きな休みだった。何かを学んだつもりなのだけど、それがなんなのか・今もやーっとしている。まだよくわからないが、物事を正面からばかり見ていてもその一面性しかわかんないですよね。それを右や左・上や下から見ると「全体性」にリーチ出来るようなものかなあ。おそらく、もうすぐわかるのだ。

 網元は本日から「月夜間」のために仕事は休みである。昨夜は網元、おれを拉致しつつも、あれやこれやアテを作ってくれながらも八海山の一升瓶を残して先に寝てしまいやがって、ほとんど面識のない・酒の飲めない・しかしさばけたヨメと長話をしてしまった。LAにいる娘には子どももいるから、すでに「おじいちゃん」だ。なかなか複雑な気分になるわけである。ひーおじいちゃんの可能性も大・なのだった。さらに複雑である。
??-1.JPGこんだけ作って寝やがった。

??-11.JPGMEUS AMIGOS IMPORTANTES

 うちの庭に「瓶(かめ)」が何個かあり、ひとつの瓶には金魚がいた。残りにはメダカがいた。奥の方に隠れてて、ときどき水面近くまで顔を出す。かわいい。お袋によると水道水ではあかんらしい。雨水を溜めている・と言っていた。「どこで取ってきたん」と訊けば「買うてきたんやんか」とのことだった。10匹350円なんだって。庭には幅1mで長さが5mほどの縁側があり、そこで月見がしたいものだ。金魚の泳ぐ瓶に映る月なんてのも、小さなしかし奥深い日本的洗練がそこにはありそうだもんね。

 近しい人々へのスーヴェニールを買いに長崎駅前へと行く。風が強い。そして昨日までと打って変わって寒い。寒冷前線が通過して日本全国大荒れの天気である。この風で桜は散り始めていた。いい時にいたものだ。これから大阪へ帰って「第二回花見」です。8日の日曜。今回は「目線は犬より低くはない」予定です。

 明日・というか4/4(水)は心斎橋Tentenにて、ユウミ姫とライヴ。20:00、2000円(foodあり・焼き鳥屋さんですので)。
 4/8は店の花見@中津公園ですね。お昼ぐらいからかな。
 4/11(水)は師匠・リチャード・トムプソンのライヴ@Blue Note
 そして、4/13(金)はマルタニカズ=浪速のカエターノHOST LIVE@SUN HALLです。
 カウボーイズはじめ、ボサ姫・バカテクギタリスト、インクレディブルなピアニスト、ソウルフルなヴォーカリスト、とまたもや盛りだくさんです。18:30オープンの19:00スタート2000円(ドリンク別)、「春」のフード担当は「O Leãozinho」です。

 「もう・そんなんええ」っちゅうのに、「帰りながら食べなさい」とおにぎりを無理矢理持たせられるのだが、しかし、それはまたコンビニのおにぎりとは何か決定的に違う「滋味」溢れる味だったりする。付属のぬか漬けがたまんなかった。

 朝だからかな、大阪はひんやりしている。中津公演の桜・まだまだだねえ。これから「春」ね。昨日のが「春一番」とするならね。
 

 
 

posted by 浪速のCAETANO at 06:50| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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