2012年04月09日

実は桜は嫌いでした。

 昨日〜昨夜。店の・例によって「長ーい・遅漏系花見」にややファティゲの本日であった。

 外メシは好きなのよ。大好き。まあ、みなさんの「桜を愛でる写真や言葉」に水を差すつもりもないんですが、ホント言うと「桜は苦手」です・おれは。花見の機会でいろんなひとびととともに過ごす・そこだけは良いのだけどね。そんな泥酔するヒトもいないからね・まわりには。

 昨日は、店の近くのタクシー洗車の会社の花見をテイクオーヴァーして・というはなはだ幸運な花見でありました。グッズもテイクオーヴァー。目線・高い高い。史上最高値の花見だった。社長とみなさん・ありがとうございました。

 しかし、昼で、カタはつかず、夜になり、やや冷えてきた頃、上を見上げた時の桜が「やや・こまる」のね。

 意外と「グロい」なんて思うわけですね。威圧感と言うか、何かの「意思」を感じるというか。

 桜は極めて「現代的」だと思う。デコラティヴでもう全部持って行っちゃう。ケバい。自己主張の強さに「はいはいわかったわかった、わ・か・り・ま・し・た」と言いたくなる。特に満開寸前がおれは一番恐怖を感じるんです。それも夜。咲き誇った夜の桜は「かなり」コワいですよ。同士の方・ご連絡ください。

 好みも変わってくる。昔は「ケバい」オンナが大好きだったのだけど、最近の女子のケバさ・ってもうこれは「尋常じゃない」からね。すんごいブスもおらんくなってきましたけど、そこには化粧技術の向上と言う「底上げ」がなされていると思う。それはおそらくいいことなんだろうけど、うーん・なんて言うかなあ、ベースが底上げされるとなると、もうベースを取り除くことはできなくなるもんね。そしてどんどん足し算で分厚くなっていく。顔洗った後を見るのが「こえ〜」ですよね。それは桜とはまた「別の」コワさではある。

 最近・美しいな・と思うのは「坂本冬美」とか「杉山愛」とかなんだけれど、なんというか「内面から滲み出るもの」ってあるんじゃないかな。ガワ・とりつくろっても「無理」が必ずある。もうそんなものに「反応」できなくなってきてる自分があるもんね。オトコだけじゃなく女子も「顔は年齢とともに考えていることが反映されてくる」そんな時代ではないんだろうか? と思う。メイク技術が進んでしまったいまだからこそ。

 誰かの顔・みたいな顔が多過ぎて、P.K.DICK世界を生きてるなあ・と思うこと多し・だ。ただ、こちらも眼力が養われてきたのも事実である。メイクによって作られた顔の内部を見るX線も眼力内部に内蔵されてきつつある。作られた誰かの顔を一皮剥いたあとの「ブス」を発見する術も持ち始めてるってことよね。

 こうやって「メイクによる一見美人」と「ブス発見」といたちごっこは続くのである。

 桜に戻ろう。

 咲き誇った桜は「こわい」し「苦手」なのだけど、蕾の桜には悪意はない。そして、そういった感情がすべてなくなるときがある。それは「桜散る」時なのだけども、そこの桜は「好き」「苦手・あるいは嫌い」を通り越した存在ではないか・と思う。あの・咲き誇っていた花びらたちがあっという間に・そして大量に「散っていく」というのは、咲き誇っていただけに、そしてその咲き誇っていた時期からの時間があまりにすぐなことから、あまりに「劇的」である。「平氏の滅亡」を連想させるんですね。平氏もその栄華を誇った時期があまりに「短い」わけよ。そこでは「色即是空」や「無常」といったもう思想と言ってもよろしいか・と思うが、この時、それらが体現され、日本人は「一番日本人」になるのではなかろうか・と思えるんですね。

 同時に、ある種の宗教的なカタルシスに近い感情も味わうことにもなる。そこではもう桜は「コワく」もなく、ただただそのはかなさに「涙する」そんなことになる。そのダイナミズムが桜の「アジ」だと思う。要は引っ掻き回される。翻弄されるわけ。そんなオンナもおりますね〜。

 梅のような・あるいは、ヒヤシンスのような、そんなオンナがMY FAVORITEではあります。

 よっ!!!冬美っ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:18| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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