2012年07月14日

豪雨の西方を想いながら

 梅雨明け前夜ですけども。しかしながら九州ではすごい雨が降りつづいてる。

 「経験したことのない」大雨だと言う。形容を諦めたそんな表現で言葉をなくす。

 しかし、経験したこともない・とはいささかヒトの傲慢でもある。考えれば、おれたちも阪神淡路で経験したことのない揺れを味わい、その同じ年には経験したこともないような「サリン撒かれ」があり、経験したことのないような国の経済状態、単に貧しいという話ではなく資本主義の終焉に於けるやるせなさが募る貧しさであり、そのあげくが去年の地震・津波・原発事故であるし、しかし「経験したことのない」という表現が、さほど違和感を覚えないのは、おれたちの想像力の限界というよりも、災害はその大きさに於いて「上塗り」されていくことがなにか決定したかのような諦観がおれたちの中にあるからではないだろうか。

 それは、たとえば、バカでブスの女歌った歌が史上最大の経済的ヒット曲になるようなことを実現するようななにかしら一極へ意識とカネが集中してしまうようなそんなシステムをおれたちが怠惰故に選んだことがベースになっているのかもしれない。

 なんか・や〜ね〜。そして、だいぶアホですね・ぼくたち。

 どーも、エアコンがアウトのようなのである。これどーか?

 おれはこれまで、エアコンなしの夏、一度けーけんありましてそれは関大前に部屋を借りて1年ほど住んだ時だったけど、家あんのになんでそんなことすんねん・なのだが、まあいろいろとございまして、当時はネコ三匹いたから、塾がなくても絶対に豊津まで千里山の勾配をチャリでくだらないといけなかったのだが、まあそんなこんなで、エアコンはもったいないなと思いつつ、タイミングのがして、まあしかし、そのロケーションが関大の森のそばだったし、この緑はw/oエアコンでいけるのではと思ったのだが、外からでっかいゴキブリとかが入ってきてなかなか当時のおれには、「きゃー」だったのだが、今ならいささか大丈夫だけどね、でもできればお会いしたくないけどね、まあその夏をエアコンなしで過ごしたのだった。

 おれはまあ大丈夫だったが、お客様たちからのBOOINGはかなりなものがあった。脳が解ける・とか、そんな意見が出てました。あれはいつのことかと思えば、NYの同時多発テロの時でした。2001ってことだなあ。あれから11年だよなあ・と詠嘆・だが、そんないらんことをしてる時にいろんなことが起こるわけでヨメの母親が亡くなったりして、久しぶりにヨメとお会いしたりなんかして、実家では別居中のヨメと同じ布団に寝かされるという貴重な体験もしている。

 まあしかし、ゴキ・には遭遇したが、窓を開けると「緑」が満載というのはなかなか素敵で、朝早く起きた時など、ヴェランダから下を見ると関大くん・関大ちゃんたちが、その中を群れをなして登校している。「しっかりお勉強しなさいね」など、先輩としての心の中での一言など呟いたりして。また最上階で、しかも土台が既に高台だったから10階ぐらいの見晴らしのよさは、あれよかったなあ・などと今となっては思えるのであった。

 家に三台ほどクルマがあり、チンダル藤田のBMW2002も預かっていたから、もうどれ乗っていいかわかんなくなって、ほんと過ぎたるは及ばざるがごとし・の典型的バカなのは今ならわかるが・ねえ。

 最近過去のことを良く思い出す。年・ってことなのだと思うが、まあええが、しかし、それは「まだ良かった社会」のことを思っているのだな・おそらくな、そう感じる。

 馬鹿な政治家とバカな国民のタッグってほんとにおそろしいことだなあ。その辺からですよ、日本が完全崩壊へ向かい出したのは。「中」のひとびとがどんどん「下」に堕ち出したのは。

 もうだめだ、と思うけれど、なにか希望はないのか・と習性で探している。もっと若けりゃ・簡単に絶望できるのだろうが。その兆しだけでも何か自分が出来ることはないのか・と思う。そんな大きなことではないんですよ。身の回りの自分からの発信で、そういうことが何かないの??そんなこと。

 諦めずに・というかこれもおれたち世代の習性なのだろうが、あかんと思っていつつも「Tomorrow is another day」と思いたいと言うかふつーに思えてしまう・そんなオプティミストをオノレの中に飼っているわけで、そしてその「あまちゃん度」はもうなおんないわけで、そうなら、ドン・キホーテでもええんちゃうかな・など「トリック・スター宣言」してしまいたくなる衝動あり・だ。

 音楽・特に本日は一人なので、そのじわー・っとくる自分の充実感と幸福感を現場の皆様方に伝えて包めることが出来るとよいですなあ・と実にまじめに思っている。おれは唯我独尊のエゴイストだった(過去に於いては・間違いなく)けれど、今は全然そうじゃなく、出来ることは出来るが出来ないことは出来ず、そして出来ることしか出来ないが、そのレヴェルが高ければもうそれで構わない。そしてヒトが出来ないことしかもう興味がなくなっちゃってる。客観性からも距離をとってる。かっこいいとかにもキョーミはない。なんだかギター弾いて歌うのが、おそらく、カエターノもR/Tもそうなのだと思うが「好き」で「オノレらしい」と実感できるのだろうと思う。だから、何度もやっちゃうんだろう。


 本日もそんな感じで。@ レァォンジーニョ。20:00からです。

 ちっちゃなLION

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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