2006年11月29日

天気はいいが・・

 忘れてた。こんな時に限って銀行まわりが残っている。

 現金がなかったから今日・明日と分けてやろうか・とも思ったがユルフンコックは精神もユルフンなのか、電話にもメールにも出やがらない。まあ昨日は大した売り上げなはずはないから、ええか・と思い、ローンレンジャー化する。

 明日で最初のひとヤマ終わるから、曾根崎ロケハンでもしようか・ねえ西村ちゃん。て・いうかはよ原稿書けよ・って返されそうだが。まあ、書いてると「暗い」のだ・これが・どうも。

 本日のような気候を・小春日和と言うっぽい。確かにジャケットなしでも堤防の路が寒くなかった。暖かさはヒトの眉間の皺を伸ばしてくれる・というものだ。もう・なんというか、この試験シーズン・TUTORも合わせると四ヤマほどあるのだけど、それが終わった後何をしようか・どこへ行こうか・そんなことばかり考えてしまう。その時点が訪れたなら、またやんなきゃいかんこともきっとあるのだろうが・いやあるのだが、なんだかその時点を近い目標として生きているわけだ。やんなきゃいかんことがあると、その善し悪し関係なく、気が張る。非常に無駄なエネルギーのような気もするのだが、まあ普段その無駄と思えるエネルギーをなんか大したことに費やしているかと訊かれれば「んー・いや・まー・そのう」と口ごもりがちになる・大したことしていない身としては、それが世のためヒトのためとなるのであれば、良しとすべきなのかもしれない。

 最近よく思うのだが、おれたちの精神状態はどこかおかしい。そのおかしさの原因は過去をあまりに知らないことにある。それが本当に面白いかどうかは置いといて・その目の前の面白そうな装いをもつもの・にばかり反応しすぎる。この国の文化は成熟とはほど遠い・エネルギーだけが有り余った脳のちーちゃいワカモノ用のみすぼらしいものだ。もちろんそいつらは新しいものに反応する。新しいものにしか反応しない。それがほんまに新しいかどうかは関係ない。そういう俯瞰する目は持ち得ない。そいつにとって新しいかどうかなのだ。それを大発見をしたかのようにいうことがムカつく。態度で気に入らんのは、それを発見した自分をまわりのすべてのヒトが自分を「祝福」しているかのような物言いをしやがることなのだが、ミーイズムもここに極まる。あまりに余裕がなく、その余裕のなさに開き直ることが、かっこいいみたいな物言いにもムカつく。それはね、自分の事もちゃんとできないちっちゃな脳のキミがましてや他人のことを考えられるような余裕・キャパがあるわけがなく、その分いろんなヒトに「依存」して「迷惑」かけて、それでもまわりのヒトビトの「余裕」によってスペースを・場を与えられ、そのことをまわりは恩に着せたりもせず、若いんだから=アホなんだからしょうがないよね・そのうちなんかわかるよね・そうよね・うん・そうそう。などという・おれがそのアホのワカモノならもう生きてるのが厭になるような屈辱的な醒めた視線の中、一貫性のないドタバタを演じてるってことなのね。ごくろーさん。

 日本に生きているラッキーゆえ、そんなにエネルギーを無駄に出来ている・なんてこともアホゆえよくわからない。一回エラい目に遭えばいい・というのも現実的かどうか? ただ山古志村で大地震に遭った小中学生がすごくいい子になった・という報道があった。真実はわからないが、自分の身に、他人に依存できない負荷がかかって初めてヒトは覚醒するのかもしれない。

posted by 浪速のCAETANO at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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