2012年08月20日

残暑厳しき折りなれど

 残暑厳しき折りなれど、すでに夏の終わりの始まりの終わりほどの段階ではある。暑いのは暑いが、その暑さに「凶暴」はもう感じない。惰性。

 日本海・東シナ海の変な熱さは、ま・おいといてー、というか「冷静」にお願いしたい。

 一部と一部の罵倒し合いに、全部が反応せんでもええよ。いや・まぢで。

 選挙も近いし、どちらにしてもおれたちは二者択一を迫られる。ほんとに「二者択一」という選択肢があればの話だが。サイアク・は避けたいと強く思うけどね。

 領土の話と言えば、「共有」しかなかろう・と思っちゃう。戦略的共有。その戦略というのは、日韓・あるいは日中の「外部」に対しての戦略のことを言う。そのための戦略なのだからその戦略に対して「話し合い」ができる環境を作ることがもっとも重要視されるべきだと思う。

 だから、韓国大統領のあの発言・ちょっとね・だ。都知事の発言のシリーズ、これもちょっとね・だし。

 一人の女を二人の男で取り合う。あるいはヨメと愛人の間で苦労する。答えを出そうとすると「修羅場」は必至だ。領土とお前の浮気をいっしょにすんな・と言われるかもしれないが、おれに言わせりゃ「おんなじ」。

 ケ小平はエラかったということになる。「先送っとこうよ」だから。そのうち関係者が不治の病or事故なんてこともあり得るし。

 浮気して愛人がいる・なんて状況が成り立つためには、ヨメの寛容も条件ではあるが、「共有されている」という感覚を楽しむのがいい・とおれは思います。ほんと・不意打ちみたいに「勝負」されても困るのだ。「共有されている」・悪くないのね・これが。二人も女がいる・ではなくて、二人に共有されている。ここポイントかも。

 「あたしとあの女・どっちか選んでよ」と迫られると、どっちもごめん・と第三の道を選びたくなる・それも人情である。そんなことよりも自分という人間を「享受」していただきたい。享受って英語に訳すと「enjoy」となってること多いです。

 どちらにも「いい顔」したいんだよね。同時には無理だけど。しかし自分が持ってる素養・知識・教養・ウイット・エネルギー、使うことにぜんぜんやぶさかではない。かと言って二倍のエネルギーが出るかと言うとそれはむりでしかし、1.5倍増量ぐらいなら可能。

 国と言うか「国家」だけど、いまだに「マッチョの論理」しかないところがどーなのよ・だ。

 必然なのだよ・それが・わかっとらんねえ・きみぃ・と言われれば「わかっとらんよ・すまんけど」と答えるしかない。相手の国がどれだけ狭量なのかもわからんところで、それは通用しないのかも知らんが、しかし、東アジアだけでも大きな社会であり、その外にはEUがアメリカがある。それだけじゃないけど。そこで近親憎悪みたいなことになることが何かメリットがあるのだろうか。

 日本が「中国」になるぞ・と脅かしているヒトおられますが(ま・これは最・最・サイアクのことだと思うが)よくよく考えてみるなら、日本は「アメリカ」になった、67年前に。「占領」されていたんだから、そしてジャズやロックが「おれたちの音楽」になったよね。だからと言って、日本人は日本人でなくなったのかと言うと「そうでもないんぢゃ・・・・」とおれは思う。割とおれたちしたたかでダブル・スタンダードなのよね。

 すくなくとも日本の「ソフトパワー」は生き残る。中国人はある意味日本に「憧れ」を持ってる。そこは間違いない。いや・占領されてもいいとか言ってるんじゃないのね。中国ももうバブル弾けるからね。日本の盛衰を早送りで追いかけてるからね。近い将来「元気のない国」になるわけ。中国だって「少子高齢化社会」目前だから。2050年にはもうおじいさんの国になってるのでは、かつての日中はおじいさん国家たち・となるわけで、おじいさん同士・助け合えればいいのでは・とおれは思ってるかなぁ。その時、今の中国人のダサさは日本を学習することにより「かなり改善」されている可能性が高い。善きパートナーになれんかなぁ。

 なにを甘いこと言うとるのか・お前は!!!と罵倒が飛んできそうだけど、では、訊くが、そうならなければ、「東アジアチャンピオンベルト争奪戦」を勃発させずにはいられないっすよ。「サイバーplus核兵器」によるこれまでよりも「酷い相互殺戮」しかあり得ない。もちろん、市民も含む・だ。戦闘員だけの闘いってのは日露戦争で終わったんだからね。

 「(勝っても負けても)戦争は悲惨。戦争だけはやったらあかん」この戦争経験者たちの悲痛な訴えをおれたちは「絶対に」わすれてはいかんのね。

 今・もうええ加減にみなさん・お気づきになってなかったらよっぽど・アホ・ということだが、「戦争」へと向かっている。次の選挙ではどこが勝つ(というか少ない負けというか)にせよ、おそらく戦争へ向かう・そんな内閣が出来ると思う。少なくとも「今」よりも。一旦加速度つくと止められない・と思う。それこそ、近い将来が近いうちになる可能性がある。

 おれは殺されたくも殺したくもないです。そんなひよわでいたい。しかし、目の前に殺意ギンギンの敵が迫ってきたらやられる前にやってしまうかも知れない。そこがさらにコワい。

 「戦略的共有」の道を是非探っていただきたい。おれは中国人とも韓国人とも「友好関係」結んでるし。

 その「共有される」感覚にもっと早くに気づいてたら「自分の不幸」も軽減されていたんだよねー・って最後「しまらない」んだけど。

 
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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