2006年12月07日

進行しつつあるもの

 昨夜デッドエンドストリートを訪れると、えのもとの手前まで破壊されていた。廃材の山が暗くてよく見えなかったのだがうずたかく積まれている様子はデッドエンドストリートにすぐ訪れる未来の図か・と思えば、哀しみと怒りで誰かを殴っちゃいそうになるのだが、それ自体なぁんにも意味がないことで、ここは抑えるしかないのも現実なのだ。その情況と今やってる曾根崎の記事のダブルバインドにやや引き裂かれるキモチをミーツの西村さんに言ってみた。

 まだ「コア」のおっさんとは話をしていないが、えのもとの様子を聞いても、ハイボールのマスターと話をしても、条件闘争にしかならないんだろうな・というムードしか漂ってこないのが、これまた「んーん・もう」なのだ。聞けば,ナチュラリーなどの管理をやってる曾根崎不動産も「コア」に「協力体勢」を敷いているというじゃないの。なにをかいわんや・である。そしてミタキらには何の一言もいまだない・っちゅーのも、礼を失した話だよね。

 おれはヒトのいないとこでは「目が潤んどる」のよ。情けない話じゃないの・いや・ほんと。おれらは「場」「生活」「自由」「解放」「友情」なんてコンセプトをも失おうとしている時にオノレの無力が原因なのだけど、話が社会性をどーも持てないというか、ヒトを巻き込めないと言うか、麻酔されて手術を受けるというか、ヘルメットの上からアタマ掻いてるというか・コンドーム3枚かぶってセックスするというか、あえて冷静を保とうとするとその熱が誰にも伝わらないことへの「んーん・もう」感がもどかしすぎるのだ。では、わーわー騒げばいいのかっていうとそんなことでは決してなく、そう思えばどっと疲労してしまうわけなのだ。

 今週はきっと考えても考えても答えなんか出ないんだから、最後のゆったり感を味わっておこうか・と思う。あ・ちがうちがう・試験中や・そんで試験が終わりかけの頃に「コア」との話やんか。そして結局ココロの安まるヒマはなし・とくるか。うまくできてること。たのむでしかし。
240x320.jpgたのむでしかし? その言葉は非論理的ではないのか。
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 路地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック