2007年03月31日

明日はラフレシアン・コムプレックスVol.5

 3月も今日で終わり。ほら〜・やっぱり年の1st Quarterはあっという間に過ぎる。そしておれの「ややゆったりな時期」も半分終わり。

 あまりにゆったりするというのは、その現場が南の島・とかでない限り、自分には有効じゃない。住んでる街でゆったりしたところで、そんなものは一日で飽きる。結局何かをしてしまうことになる。

 最近思うのは、「ウケ」をまったく狙っていないような「非マーケティング」的ななにか・である。真実・と言い替えてもいいかもしれない。もう・そろそろ真実の時代になっていいのではなかろうか。

 関テレの捏造が問題化しているが、まあこれまでに何人か放送局の人間や新聞社の人間と付き合ったが、共通して言えることは「型にはまらない裁量を生きているかの如き・しかし、その後ろにはちゃんとあるサラリーマン根性」である。つまんないぜ。それって「自由な服装で会社行ける人」より上でも下でもないぐらいの値打ちである。自由なふり・だけならヤンキーと同じである。結局みんなを何かに「束ねよう」という「誰かの思惑」に奉仕しているだけのこと。TV局の場合・それが仕事だから「タチ」悪い。それでもアホなコドモはやっぱりTVばっかり見ている。それと母親の・コドモを産むということに対するヒロイズム。おれは産んだこともなく・これから産む予定も・産ませる予定もなく、その能力にも翳りが見えるが、コドモを産んだ母親はそのまさにドラマチックな出来事から始まる「オノレが主人公」のドラマの中に生きるのだ。悪いことにその母親が入れ込みはコドモの年が若いほど「成功」する。成功のイメージは強烈に刷り込まれるから・次の試みが80%のできであっても「夢よもう一度」はかなりの時間継続することになる。あの手・この手を使って。そして思春期になってはじめて「自分のやってきたことが間違いだったかもしれない」という疑念が生じるのだ。

 なんとも言い難いのよ。そんな時かける言葉で正しいのは「おつかれさま」かもしれない。

 明日発売のミーツのイヴェント写真のコーナーに前回のラフレシアン・コムプレックスが取り上げられていて、これは西村ちゃんに感謝なのだが、みんなそれなりにかっこよく写ってる。おれの眉毛の下がり方だけがどうも気になるが。後で修正したんじゃないの? その中にも今年大学に行った子がひとり写っているが、明日のファンダンゴもバカ高校生を何人か呼んでいる。TV漬け・JPOP漬けの正真正銘の「・・」であるが、さて、そんな「・・」にいささか奇妙な取り合わせの4時間はどう映るのだろうか。
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posted by 浪速のCAETANO at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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