2013年11月28日

包囲されてる?

だから過去からの流れでいうなら、法案に反対ではないミュージシャン・嫌中・嫌韓なミュージシャンと言うのは考えられないわけよ。アーティストでもいいけど。個人事業主でもいいけど。

独立系の・インデイと言ってもいいが、そこと国家主義は馴染まない。

今はそういう人たち・いる。しかもまーまーその数・多い。そこにゾッとするものがある。

rockが魂をちょっとした小金で売り渡す現場を何度も何度も見てきたが、そうであるならさもありなん、だなあ・だけど。

この大きな・嫌な流れは、しかし勢いもあって、それはおれたちがこの数十年放っておいたそのツケとも言え、その間に敵はひとつひとつ外堀を埋めてきてたわけで、それを細分化してそれぞれが大局を見えないような小さな仕事にしてそれに少しばかりのプライドを与え、もうあとはほぼオートマティックな作業としてここまできてしまった。

大きな意味での「自由」を元から与えられてなけりゃその価値もそれにかかる代償も意識しないで済むわけで、そのためにはものを考えさせてはいけないわけで、そこにはTVほんとに貢献したなあ。30代・40代、ダウンタウン・とんねるず以降のもうバカとしか言いようのない番組を嬉々として見ていたあの人びと。

汚らしい言葉を吐く世代。そんなもんに囲まれて生きていくことの戦慄を今ちょっと感じている。囲まれるって気味が悪い。そしておそらくかれらにはおれの言葉は通じない。できるだけ冷静には話すけども。これはなんかの「修行」なのか?

学者の方々からの声は上がり始めている。でも・おそらく今の相対的に若いミュージシャンからは声は上がらない。彼らは例えば、とんねるずと「同じ装置」だからだ。かれらの音楽には「自由」もないし。

音楽の中の言葉はもうさほどチカラがない・なんてのは、バカの年下が「あの・歌詞が・ここがグッとくるねん」と指摘するそのすべてが陳腐すぎて、そんなことばかりだったことが証明してる。

小市民的世界の「ここ・これが自由なんだよ・それ以上のものはないんだよ」そう繰り返し「教えられ」はや数十年。不憫である。

何がほんとの自由か・がわからなかったとしても、不自由な目に連続して遭えば何か覚醒しないかな・とも思ってる。TOO LATEなのかもしらんが、「騙されてた」ことがわかって死ぬのは悪くない。真実を知ることだから。

東京にいるとビンビンくるのだろうな。もっと。

三権分立を教えることもなんか辛い時代になってきてる。

posted by 浪速のCAETANO at 14:38| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

真理は「全否定」によってしか至れない



実は「個人」なんてもんは存在さえしていない

「ひとつの全体」があるだけだ

「偉大性」とはそーゆーことだ

Posted by テポドン羽田 at 2013年11月28日 20:22
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