2007年04月18日

ナガサキ

 いやーな事件の連打で、久しぶりに「本格的」に気分が悪い。

 実家のある街での話だから余計に・である。実家があるくらいだから土地勘もある。その場所もよくわかる。駅前から歩道橋を渡ったところである。こないだ訪れた時はその裏手のバーで飲んだ。だからなんなのだ・って言われると、まあ・そのう、それだけの話なのだが、ただよく知ってる街で、前の市長も撃たれてるし、また今回も・ってことを見ると、実家のある街の「暴力団・右翼」のリアリティを少し感じてしまったのだ。容疑者というかもう犯人と言っていいと思うが10才年上のオトコである。ま・コワい方々は日本というか世界全体に一様に分布していらっしゃると思うのだが、市長が連続して2度撃たれるなんてのは長崎だけのハナシだ。

 どーも・個人的な怨念だけが理由とは思えない。そんなことでヒトを至近距離から撃つかー?

 前の市長は右翼から撃たれた。長崎はご存知のようにヒロシマとともに世界でただ二つの被爆都市である。自分の祖先は長崎のヒトたちではないから身内に被爆者がいるわけではないが、母の俳句のお弟子さんには何人かそういうヒトがおられる。そのヒトたちは医療費はすべて免除である。で・そういう長崎の市長が核に対して否定的なコメントを事ある毎にしてきたのは、もちろん被爆都市という大前提があったからである。

 前の市長の本島さんも被爆→戦争→悪→憲法擁護→天皇制→自主憲法→右翼・こんな流れの中から襲撃されたと記憶する。核の犠牲になった都市のことはもっとみなさん事実を知ってもっとみなさんその重たさを肌で感じて欲しい。おれもこの前初めて「原爆資料館」を訪れ、衝撃を受けました。その重さというのは言葉では語りづらく、今のようなバカ優先の社会では、余計に「別に」なんて反応じゃないと、自分の今の生活との「折り合い」がつけられん・とも思うのだけどね。

 沖縄の首長が自民党の推薦・公認を受けて通ったとしても、国に対して沖縄への「差別的な政治」に対してNon!!!を言うのと同様、ヒロシマ・長崎の首長もあくまでも「戦争」を・へ、連想させ・繋がることに対してはNon!!!なのである。だからそこは必ず、アメリカ追従の政府や政治家と「当たる」ことになる。たとえ、ちょこちょこ悪いことをしていたとしても、そこんとこだけは「確固たる信念」みたいなのがないと市民は彼を選ばないわけである。

 今回の襲撃が前回の襲撃と同じと決めつけるのは時期尚早ながら、「そんなことで
ほんまに人・撃つかー?」なんて考えれば、なにかしら「言論封殺」が匂う。加藤紘一氏の自宅放火の時もそうだけどこの国は少しずつ「言いたいことを言えない・美しい国」に近づいているような気がする。動機はどうあれ、そのショッキングさだけでも、結果的に「よしよし」なんてイヒヒイヒヒしているやつがいると思う。

 長崎という街は「地方都市の良さ」が充満したほんとにいい街なのに最近他の都市に先駆けて「ヤバい事件」が起こりすぎている。母校のラグビー部の活躍はじめ、スポーツではサッカー・バレー・野球と市民のプライドを満たすことが多いのにそれが残念だ。九州の・例えば小倉や博多の人々の気の荒さに対して長崎のひとはどちらかというとおとなしいヒトたちっていう印象がある。でも市長を連続して撃っちゃいかん。次の市長はたいへんビビるだろう。ほら、それだけでもだれかが喜んでるんじゃないの。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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