2014年04月26日

GINA 、、、R.I.P.

今日の夜、2pm前だったかな。それまで寝てて一瞬苦しそうな様子になり、店長が抱き上げてその数秒後にGINAは亡くなった。店長の腕と胸の間で、It's good time to dieそんな判断を一瞬の間にしたかのような死に際だった。見事というほかないです。

ひとはいろいろネコに教わるなあ。

思えば15年前、曽根崎dead end streetのTODO O MUNDOの隣の樽長のエアコンの室外機の下からタールまみれで現れたのが出会いだったな。経験上、おれに初見でついて来るネコは「アタリねこ」。その定理に従って店ネコとして飼うことになった。初日は洗っても洗ってもタールが取れず「あ〜あ」だったのだが、時間の経過とともに毛は綺麗になって行き、知らぬ間にゴージャスな雌ネコとなっていた。往年の美しさはこのblogの上に。気持ちも優しい子だった。おれも、ほんとは家に連れて帰りたかったのだけどね。同じくらいゴージャスなキキもいたし、最愛のうーちゃんもいたし、あとタマも、そして新入りのぺろもいたから、そこは叶わなかった。

何かの時に、当時江坂で美容院をやっていたアオミちゃん(現店長)の店に一週間ほど預かってもらったことがあった。店長とのこの最終的な縁はその一週間にある。もちろん、TODO O MUNDOにもバイトで来てもらっていたが、その一週間は「チェントロステイーレ」の店ネコだったというわけだ。GINAの可愛さにKOされたのだと思う。

見事なまでに優雅な身のこなしが身に付いていて(誰に教えられたというわけでもないのに)よく、曽根崎の二階でおそらくは「愛の行為」としか説明しようのない時間を過ごしたものだった。当時は家に帰ればシャノワールのキキがいて、こんなGIFTたち、恵まれ過ぎていてちょっと怖くなったものだった。

ほんとに姿形の整ったネコはその心根もいい。ま、可愛がられるからだろうな。

中津にも7年ほど住んで店の二階が、最初はきじことの二匹体制だったがきじこがクルマにはねられ死に、飼い主も不祥事から店を離れ、店長との蜜月がその晩年だったわけだ。もちろん、その充実の体型からは、経験上から言っても、こんなに早くとは考えるのはちょっと無理だった。そこを無念がる店長の気持ちも良く分かる。ごはんを食べなくなった、との第一報を聞いたときにあまり反応しなかった自分がいた。大事という意識はなかった。その時、即反応して病院に連れて行っていたならまた結果はちがったのだろうか?そこは少し自分を責めている。

店が暇な時には階段を降りてきて、おこたの部屋によくいた。残念なのは、曽根崎時代のいつからか、客をひどく恐がるようになったこと。中津来てからならいつだってその膝の上で眠れる物体がいたのに。おれは見たことはないのだが雷で腰抜かすこともよくあったという。こわがり。そんなわけで、正味の話、おれともそんなに仲良くなかったのだけど、店長が去年入院した時に、毎晩上へ上がって30分ほど抱っこしたり、一緒にゴロンとしたりなかなかいい時間を過ごせた。これから、おれとも仲良くなれそうだったのに。

ネコは自分にとって人間のオンナ以上にオンナというか、オンナのエッセンスのような存在だから、特にいい雌のネコというのは「GIFT」以外の何物でもないわけだった。オンナのヒトとはカブってそうで別のもの。でもどっちかだけにしなさいなら、いまやもう、間違いなくネコ、だけど。店長もこれからちょっと辛いと思う。オトコとネコもこれまた、えらい違うよねえ。

ひとつだけ救われるのはGINAは営業しないネコだったことだ。プライヴェートなネコでいてくれたことは少しだけ慰めになる。

みんな先に逝ってしまう。ほんと、ツライですね。ちびっこだったものがどんどん自分らを追い越して先輩になって逝ってしまう。毎度のことながらそれは「不条理」に感じます。GINA、安らかにね。
posted by 浪速のCAETANO at 18:43| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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