2014年06月16日

ほんとはもっとできる

たとえばだが、負けはしたものの豪州代表のケーヒルのようなオノレの型にどこまでもこだわる、あーいう何かに憑かれたようなある意味退路を絶ってもうこれしかやれんけんね、それがどうした?そんなメンタルが外に出るようなプレーが国際大会の、しかも格上のチームとやってる格下のチームの場合、グッとくるんですね。

自分らのサッカーを出来なかった、とか次回はするとかいってもゲームは相手のあるもの。そこ、あまりに「独りよがりのSEX」だよなあ。

なんか「硬直」が見える。「硬直」が今の日本の「状況」です。もう決まってるんだから、世間の評価はもう「こうなっちゃってる」んだから、そこに対する異議申し立ては「しないことにしよう」そこ、思考停止してその次を考えよう。つまり、根本的な問いかけがタブーとなっている限りな〜んにも変わらない。

自分はそこ、あんまりオトナになれないから、いつまでも言うが、みなさんが拠り所としていることって、「幻想」でしょ?「幻想」ですよ。その幻想をコアにしつつ、その周囲をセメントで固めて、その周囲にたむろすることでみなさん小金を稼いでると思うのだけど。まあ、それは「お好きに」としか言えないが。それがさあ、この日本で高度に発達してしまったクソ情報資本主義のもとでの出来事である/でしかないという自覚はしといた方がいいと思うのよ。これは「世界」ではあるが世界ではないから。

W杯ってほんとにわかりやすいが、世界は「野蛮」だよね。言い方を変えれば、もっと成り立ちが雑というかROUGHと言うかね。そしてそのROUGHさを人目に晒すことに躊躇いはないのが普通です。みんな普段から言いたいことを「言えてる」からだろう。代表の試合って、どうもその日本の国家をというより「世間」を背負って、というか世間という空気の中でプレーしている感じが否めない。国家はどの国のジョガドールも背負ってる。弱気な選手なら、ピッチ上で、その世間の空気が恋しくなっていることだろう。

毎回流れる椎名林檎が「不愉快」でしょうがない。あんなもんに過去に於いて騙された40代の人々よ、お前らはアホか!と言いたいところをグッとこらえるのだけど、それと渋谷の「負けてもバカ騒ぎ」の根は一緒です。以前はその同じようなことをドリカムがやってたと記憶する。そんな記憶、消したいが、イベントのおこぼれを業界がってのはまたまた「あ〜あ」な構図ではあるが、もうそんなもんにみなさん「批判」なんてそんな気力ないもんね。されるがまま。そこほとんど無批判、ノーマーク。

ニッポン ニッポンと騒いでる人たちが特にサッカーファンというだけでも、もっと言うなら代表の積極的サポーターでもないとやっと判明したわけで、そこ、もうメディアも注目してあげんでもいいので。日本人はおよそみなさん賤しくなってるわけで、そこ「放置・無視」するならすっと消えていくはず。負けてもハイタッチの嵐、くくく、ウンコまみれのバカ集団だし。イナカモン。首相もそこ若干見誤ってない?

そんな日本的誰も疑っちゃいない感性の「根拠」がFAKEだったとしたらどうだろう?

そこ、分野が違うみたいなことで、そこを疑ったというか、「?」と思った、思いかけたというのは、メジャーな学者では吉本隆明と折口信夫ぐらいしか知らない。ま、おれの勉強不足だろうけど。ただアカデミズムの中では「無理」なのね。日本の成り立ちの根幹に関わる、それは「大問題」なので。

すべては「そこ」に原因がある、とおれは見ています。この日本独特の感覚は「伝統」とされているが、その伝統の根拠が実はFAKEである。それは日本の7〜8世紀を凝視すればわかってきます。その前はヨーロッパ人とさほど変わらないので。

もっと激しくプレーできるのだ、ほんとは。ナショナルチームだと「世間」になる。EUの国に行った日本人ジョガドーレはそこから「解放」される。ま、周りがウマいってのもあるが。でも。それ言っちゃ今言いたいこととはズレるから封印。


posted by 浪速のCAETANO at 08:59| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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