2007年04月30日

露地の終盤

 ナチュラリズモだったのだが、やっぱりナチュラリーは狭い。しゃーないといえばしゃーなくってそれがナチュラリズモなんだが。

 まあ、サカキバラが参加できなかったこともあって、おれは一足先にゴーイング トゥ 中津だが、もう一回やれば?

 今日二日酔いのまま、家賃を払いに中津へ行ったが、こないだのちらかしがそのままになっとったのでちょっとカルく掃除して帰ってきた。中で音出せないかなあ・と大家に相談すると、まあおっちゃん・おばちゃんはその音の「でかさ」にはやっぱりピンときてるわけでもなく、一回やらはってそれから考えたら・等というのでまあそれもそうかなあとも思うが、やっぱ爆音はねえ・どうかねえ。

 それにしても友達ガイのないやつらよの〜・ミタキのツレたちよ。お前ら次の店で客で来ておれの前でえらそーなことほざいたら鉄板あぢあぢの刑に処すぞ。

 共同体にはホームが要るのである。そのせっかくできた共同体のホームが消滅させられかかっている・という現状があり、おれはそこで「不毛の闘い」をすることよりも「新天地」を求めることを選んだ。その新天地はピューリタンたちが大西洋を渡って新大陸に行ったようなものだ。オーバーな・とか言うな。類似点があるのよ。行った先に「荒野」のニュアンスがあり、おれたちの動き次第では、これまでになかった楽しいことの現場・に変えることができる可能性を中津に見るからなのだ。

 中津はこれからの街だし、その色もまだはっきりとはしていない。特におれたちの行く「三丁目」はね。周りのヒトたちも少なからず「楽しみ」にしてくれていることがわかった。曾根崎の多国籍ダイニング・バルのHP等を見て、想像を膨らませてくれているみたいなのだ。地元のヒトたちと曾根崎からついて来てくれる人々との新たな繋がりみたいなことを漠然と理想みたいに思っていて、そりゃそう簡単に上手く行くこともないとは思うが、軋轢も起こると思うが、それでもなお、そんな新しいことに惹かれてしまう自分があって、街に乗っかるということではなく、街をそこから創っていくというか・そんな大それたことなぁんて思われるかしらんが、気負わずやれたらそんなことの方が面白いと思う。

 8日に地上げ屋氏と会って話をするのだが、今考えられる、TODO O MUNDOの
終了は19日か・と思う。状況は変わるかもしれないけどね。と・なると露地祭りはもうできないか。やや悲しいが「それが人生」でもある。
posted by 浪速のCAETANO at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 路地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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