2015年03月23日

新聞よりはじめて

以前は「小泉先生」のコラムが楽しみだったが、今は月曜の「俳句・短歌」かな。新聞の話だが、もう新聞なんて取らない人が増えてるのもよく知ってるが、どうも、取らないといってるひとの知性の好調な例にあまり会わない。みなさん全て、というわけではないのだが。
yahoo newsだけで済ます。そういうことなのだろうが。

新聞の記事など、「話半分」でいいんだけどね。そんなもん鵜呑みにしてどうするよ。その「短歌・俳句」もだが、読者の投稿欄が興味深い。

社説はどれくらい政府に「おもねている」かのチェックに読むかな。

読者はどの新聞も「だだ減り」だそうだ。政府広報誌然としたものもある。どれもその傾向はある。

新聞なんか読まないよ、と言ってる人の「その代替物」が気になる。やっぱ、yahoo news? そこには「疑問」はないのかな?

まあどうでもいいか。

さて、本日はちょっとひんやり、だがもはや冬は去った。昨日は桜の開花が相次いで報じられた。おれは大宰府の桜が楽しみだけど、ちょっと早いかもしれないなあ。5世紀に桜があったのかどうか、ないと思うけどね。アマタリシホコが「幻視」したその様子を「幻視」するという手の込んだ芝居みたいなことをしにワザワザ行くのだが、ま、いいじゃないか。

上記の「短歌・俳句」の短歌の方に作者の都道府県名が記されているのだが、その中に時々「ホームレス」という記述がある。今日もあったが複雑な気になる。大宰府の都府庁前の桜の下でのひるねを目論む身としてはなんだか「他人事」ではないな。この先に広がるこの国の闇の一部だと思うが。

さて、いろいろ音楽他流試合をやってきて、その各々のMUSICIANとの付き合いの中、彼らが出たり入ったりできるユニットとしてSentimiento '15というバンドを作ったが、今回はまあCELL内ぱんぱんである。総勢7人。accoはいるがkeyはそれでもおらんというのがいいの。keyで「ヒャー」と鳴ってしまうとなんかおれの音楽は違うんだよね。自分はkey弾くんだけどね。

純ちゃんも2stage全部叩いてもらう。2nd stageは8時からですよ。と言ってもみんな来ないんだろうなあ。弟子のみなさまの「薄情な」こと。そんなに余裕ないか、なんてね。まあみなさん、キワキワでやってるんだろう。でも、音楽はたしかに余裕がないとそんなことできないし、おれが余裕あるってわけじゃもうないが、これやらないことには「死ぬ」からやってるだけ。これからおれたちを待っているこの国の闇のなかで、各自の「仄かな明かり」みたいなものを持ってないとほんとに生きていけないよ。それがたまたま音楽だっただけで、おれにとってはね。えらそうに聞こえる?表面だけで判断しないでね。ぜひ、そうお願いします。




posted by 浪速のCAETANO at 11:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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