2015年07月03日

思い出を汚す

やっと、期末テストの大ヤマが終わる。まだコヤマさんは週明けまでいらっしゃるが、目サンカクな時期は終わった。なんでも「終わる」。妙に「哲学的」にもなったりする。「嵐」から出た、まさにそんな瞬間によくそんなことを思う。それを深く掘り下げていけばおれもちょっとしたもんになるのだろうが、ほら、ばかは忘れて「次、いってみよー」とチョーさん化するので、なんだか「何も起こらず、何もかわらず、そこにはただ風が吹いているだけ」。

さて、嵐と言えば台風である。来週ちょっとやばいね。天気図見るとね。梅雨の後半というのは毎年怖い。試験の終わったjk'sはアウティングで北海道・シンガポールへ行くみたい。おしりペンペンの刑に遭わんようにと。シンガポールの「鞭打ちの刑」はしかしその対象は「おとこ」だったけど。でもいい時期のアウティングだね。試験の終わった梅雨の後半日本を、本州を脱出するというのは。

新幹線の事件。当事者が70代というのが象徴的。新幹線のみならず、日本の右肩上がりの中にいた人である。そして年金も少ないといってもおれが貰える金額のおそらく倍ぐらいはもらってたはず。要は、国の浮き沈みをそのまま、あなたの浮き沈みにして生きてきた世代で、もうここから何かを変えることもできないだろうしなあ。オノレの人生の良かった時代の、外部にあった象徴としての新幹線の中でそういうことやっちゃったということは、その良かったものを自分の人生を呪う際の道連れにしたる、という意思をそこに見る。

テロというのともちょっと違うが、巻き添えの方も出たってことは、最終的にテロ的な意味合いも僅かにある。その意図とは関係なく。あのさ、貧困が「テロ行為」の最大の原因、とおれは思っているが、その要因は国内にもあるよと言いたかったのね。貧困と不満は必ず社会の不安要因になるし、なるだけでなくそれは犯罪を導くことになるし反政府的行為の根拠にもなり得るし、あんまり政府は国民を舐めないことをお勧めするけど。

外に行って殺し合いに加担というよりも、国の中での殺し合いの方が実はリアルかも知らんなぁと半試験明けのボケ頭は思ったりしてる。

30年以上大企業で働いた夫(オヤジだが)をもつうちの母親でも年金じゃ汲々だとこぼしてる。そのウン分の1ほどしかもらえないおれたちはもう死ぬまで働かなきゃいけないし、働けなくなった時は死ぬ時で、しかし人間寿命がまだ残ってたりしたらどーすんのさ?など思ったり。

意外とこの事件は「あとひく」よ。絶望だけは味合わしたらあかんのよ。文太アニキが言ってたこと100%正しいから引くが;

「国民を飢えさせないこと。そして決して戦争しないこと」これが国の役割というか「意味」である、とおれも思うから。

posted by 浪速のCAETANO at 12:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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