2015年07月26日

天神って

コーヒーを買いに天六へ。

なんか人が多いな。浴衣姿、カップル多いなと思ってたら、そうか「天神祭」だった。

商店街は大騒ぎだった。祭は当事者が一番楽しそうである。おれはスエヒロでA定食を食ってビール飲んで、コーヒー買ってその場を離れる。

ところで「天神て誰?」

当事者たち、知ってるのだろうか?

天=アマ=海人=阿毎。

隋書タイ国伝にある、隋の煬帝に生意気なお手紙を送った「タイ国の天子」の姓が「アマ」である。日出ずる処の天子……というやつね。

生意気には「根拠」あり。倭国が延々朝貢をしていたのはその時は「南朝」。倭国というか倭人の朝貢は実は「周」の時代まで遡る。中国の唯一無二の「天子」の冊封体制に喜びをもって参加していたのだが、今やその国は風前の灯火。代わって、蛮夷の(ということはオノレと同列の)王がその立場を奪い取った。であるとするなら、立場は「対等」である。その矜持が自らを「海東の菩薩天子」と言わしめた。

隋はあっという間に「唐」でに取って代わられ、「タイ国」のプライドは維持されることになる。白村江の戦いまではあと60年ほど。

タイ国は倭国であり倭奴国(いどorいぬ国)と読みましょう。倭奴は匈奴に対する中国側から見た呼び方。匈=ヤンキー、倭=おとなしい、です。

邪馬壱国(邪馬台国ではなく、やまいちこくと読みましょう)が博多にあった、とは自明であるが、依然として「近畿説」とか言ってるバカ学者が群れをなしてひと山なんぼで存在するけど、じゃあ言うが近畿から「矛」が出てるか?近畿から「三種の神器」が出てるか?倭人伝にある三種の神器とは「鏡・刀・玉」であるからね。ちなみにだが近畿で出てる三角縁神獣鏡は「国産」だからね、残念でした〜。もひとつ言うなら、「中国製の絹・錦」が出てますか・@近畿。考古学って決定的よん。

三種の神器が出てるのは「王家の谷=糸島半島」しかないのね。

ほら書紀が卑弥呼(ヒミカと読みましょう)と委与のやったことを神功皇后に当ててるでしょう。神功皇后が実在かどうか、ここはおれは確信はもてないけれど、おそらくいたはいた、だが、応神の母としてね、「三韓征伐」だとか、その際お○️んこに岩を当てて応神が産まれるのを我慢した、とかはちょっとあり得んなと思う。息長帯比売命。書紀の筆者が倭人伝を読んでたって証拠だけど。

だから近畿説はたとえば卑弥呼を「ヤマトトトヒモモソヒメ」に当てたりしてる。箸墓古墳を卑弥呼の墓だとかいい加減なこと言ってるけど、じゃあ卑弥呼の墓=家の字から上の点を取った字、は何処だ?ということになるよね。もう一つ言うなら卑弥呼がもらった「金印」は何処?そうなるね当然。

神功皇后が祀られてる神社、これが臭いと思います。神功皇后は九州にいろんなエピソードを残してる。夫の仲哀の突然死や住吉大神になった武内宿禰と出来てたんちゃうか、応神はその時の、、、みたいな。そんなエピソードが残る神社、たとえば香椎宮とかね。

話は例によって拡散してるけれど、卑弥呼の祖先、邇邇芸(ニニギ)、そしてアマテラス、彼らは壱岐の人たちだけどその「アマ族」の神が「天神」。大国主の出雲から支配権を奪い、板付縄文水田を手にした海上交通を司る、大国主の「一の子分」であったアマテラスの一族の信仰していた神こそが「天神」なのであった。

蝉が鳴き出したね。夏本番。

posted by 浪速のCAETANO at 10:08| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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