2015年12月01日

師走だな

おー、師走であるね。Bom dia,nao e?

ある程度の寒さ経験の後ではマイルドに感じる。

戦後最悪の2016まであと一ヶ月となりました。覚悟はいい?


パリのアーティストの「アビ・シンゾー」の頭に原発のポスターが語りかけるもの;

ひどい事故を起こしたにもかかわらず原発を輸出するその倫理観のなさ、甲状腺がんの増加にほうっかむり、被曝データをアメリカに渡すため「敢えて」やらない復興。

知らぬは日本人だけであって、日本人だけがそれを恣意的に忘れてる。

そんな風に見えるだろうな、そんな感想を持つ。世界は日本人のようにバカばっかりではないのだ。artistとは「かくあるべき」で、何もかもに「御用だ、御用だあ」な枕詞のつく日本人とは意味が違う、その存在の意味が。

御用学者、御用アーティスト、顔が卑しい。人はそんなに厚顔無恥にはなれないのであって「恥」が顔に現れている。じっくり観察してみましょう。ほんとは「おどおど」している。痛いところを突かれて「声が大きくなる」ってイコール「図星」ってことね。お天道様はちゃんと見ている。太陽信仰は世界の主流ではないがでもこれ「理にかなってるね」。太陽系の第3惑星の住人だし、そのエネルギーはすべて太陽由来。無理矢理人の形に似せた「神」などという概念を作らずとも、ほら信仰の対象はありましたよ。そんなこというと「そーなんですよ、川崎さん、で、我が国の天照大御神がね、、」そっちもっていきたい右の方いらっしゃるかと思うが、じゃ、「なんで持統の後の、明治の前までなんで天皇、伊勢行ってないの?」と挑発しておくね。

川崎敬三さん、お亡くなりになられましたね。昔の俳優って「ハンサム」「美人」という形容があまりにピッタリで、さらに言うなら、ブサイクな司会者だって「わたしですいません」といった控えめな精神が垣間見える。今のバカ芸人がちょっと売れたからって前面に醸し出す「エラそう感」もないですね。日本人、品があったんだね。その幻想を来日する外人たちは見てるのだろうね。

うちのjkのひとりがこないだ小栗旬が中津駅に来てた、と騒いでおったが、そういえばそのロケハンチームが一ヶ月ほど前、店に来てたなあと。結構メジャーな映画みたいだった。うちのお一人様だけが小栗旬小栗旬と騒いでいたが、当然小栗旬に興味のない他の2jk'sの視線は「醒めた」ものだったけど。

いろんなものが劣化してるね。ちょっとしたものが「わんさか」いた方が「儲かる」ということだろう。ダイヴァーシティに対応してるのよ、と言われればそうかも、と思うが。

しらんがな。


師走である。おれも「べつにたいしたことない師としてばたばた」している。











posted by 浪速のCAETANO at 10:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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