2015年12月04日

純ちゃん追悼の、、、

立花隆氏がクローズアップ現代で「メクラ」といって国谷さんが番組の最後に「ごめんちゃい」したそうだが、そもそもメクラの人はTVなんか見んやろ、は暴言や否や。

息苦しさの第一歩はそんなとこから始まったんだったなあ、と振り返る。自主規制の「古典」ね。

思わず使うのと悪意を持って使う、の違いを識別すんの、簡単だがむずかしい。ひとつひとつの事象ならかんたんだがそれを網羅するとなると、まずめんどくさい。で、十把一絡げにならざるを得んというのはわからんでもない。わからんでもないが、自分だけは許してほしいなあ、そんなつもりじゃないのよ、と、これは甘えか?

「より安全な方」に枠を広げとくのは保険だけど、それ、アメリカの訴訟社会のめんどくささ直輸入でそうなったと思うのね。どちらが豊かなのか考えた方がいいと思うがもう「手遅れ」。手遅れだらけ。

放送じゃなけりゃヘイトスピーチ、警察も黙認ね。よくわからんね。


試験はまだ続くがそろそろライヴの準備。北林くんの追悼ね。

昨日のblogにザーッとしたことはあげました。まだ年明けの分は不確定要素多いからアレだけど、月命日追悼の分は、Sentimiento'15にかつてのライヴァル・バンド、カーリー・ショッケールの伊丹くんに参加してもらうことにした。おれはそんなつもりサラサラなかったのだけど、お互いにカリブ音楽・アフリカ音楽をモチーフにした楽曲・演奏のメインストリームから逸脱したバンドだったから、A Decade-IN FAKE,、Sonna Banana時代に対バン組まれた。とくに@Fandangoね。

メインストリームって何?知能の低い人用の音楽、とおれは捉えてた。その証明は今の状況が証明してるかな、どーかな。ま、済んだことは水に流そう。

今回のメンツはその伊丹くん(dr.)坂本卓也くん(vl.)かんのとしこくん(acc.)
李ヨンウンくん(b.)とおれです。みなさんの能力を最大限引き出す様なアレンジにしたいね、と思ってる。

ザ モルモッツとターボー&muniels、すっぽんぽん'ズaomiそして浪速のカエターノというラインナップ。トドムンドチームによるハウス追悼、そんな様子だね。

同じ曲でも、1.23とまた違うアレンジをしようと思ってる。北林純と言えばちんば「片目でちんばのせむしおんな」と国谷さんにカメラ前で土下座させそうなタイトルの曲、あるけど、それをインストでやろうと思ってる。どちらのライヴも。メンツが微妙に異なるからそういうの、面白いと思うね。知能低いとよくわからんね。それしょうがないね。でもやってる側が楽しいからいいのね。

未だ「もがり」から出ていない、という意識がある。身体が納得してないというか。だからこれらはオノレを現実に連れ戻すためには必要なイヴェント。それも緩やかに引き戻すということかな。まあもう生きててもいいことってそんなにあるとは思えないが、スポット的に楽しいことはやってかんとあかんわけで、それも技量が要ることなら余計に。

みなさん、純ちゃんの葬式あるいはお通夜に来てくれたメンツばかりでまあ意思統一も今回はOK。おだやかに、しかし狂気もちらほら垣間見える、そんなギグにしたいね。北林純だからね。










posted by 浪速のCAETANO at 11:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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