2015年12月05日

マーク スチュアートは今一体何を思う、、、

昨日は寒かったな。10度切るとクル。ヒートテック的インナーをもひとつ買いに行く。そして割れてしまったタジン鍋の新しいのを探しに天神橋筋・駒川中野両商店街をうろうろ。

結局、ネットで買う。適当なものがなかった。

昨日は店で右翼チームと。右翼チームだって、だはは。

期末テスト、ターン。あと一週間。来週はリハと「The Pop Group 」。

PUNK/new waveシーンの破壊のあとでpost PUNKとして登場した同い年ぐらいのやつらが時を経て、どーなって、どんなことを今やってるのか、興味がある。おれたちA Decade-IN FAKEもpost PUNKだしね、世に出た時は。

post PUNKというと、おれは上記 ポップ グループ、DEVO、Kraus Nomiなんかを思い浮かべるが、それはリアルタイムの人間としての印象かと思う。ちょっと世代が下がれば、ピストルズなんかと一緒くたにされてしまうかもしれないな、と危惧したり。

そこ、一線を画す。

PUNKは音楽的に「おもしろくない」。日本のバンドが容易にそれをカッコだけ真似できたってのがその証明である。

New Waveと言われる人たちの中には面白いサウンドがあった。今でもIanDury & Blockheadsはかっこいいと思うし、Graham ParkerのバックのThe Rumourなんて最高だ。ブリンズレイ・シュワルツね。アメリカ50・60・70年代サウンドの80年代British版再構成という感じです。Pub Rockがもともとそうだったからね。

だから、「彼らの今」などをまあREUNIONなどでyoutube等で発見して見たりするが、がっかりすること多し。やり続けてないとヘタになる。かつての輝きは見事に失われていたりする。楽器の人はなかなかむずかしいものがある。

Rockはアメリカの「民族音楽」。ルーツがありそでうっふん、なさそで、、、といった。MIXTUREだったわけでね、既に。そこから変な「純化」のヴェクトルと更なるMIXTUREのヴェクトル、それはわかりやすさとわかりにくさとなって体現されるが、そんな退行なのか進化なのかよくわからん変容を遂げていく。こけおどし、それは主に前者の音楽の形容としておれはよく使うが、そんなガワだけいっちょまえなコンサート形態の発展、機器の発展によってなんか子供のオモチャになってしまった。オトナのオモチャならまだ使いでもあるがね。

バカが「騒ぎに」行きだしてから、そっちは見事におもんなくなった。ダサいのが親指2本立ててみたいなことだ。それと前後しておれも「死んだらええねん」を頻発するようになったかな。

「死んだらええねん」

おれの場合は非アメリカ音楽に救われたが、それはよくよく考えてみるならDAVID BYRNEやおれとかがのめり込む前の時代にそっちに手を出してる人たちもいたのね。RYや10CC、Bowieも分かりにくいがそう。有名ではないけれどTEXASの盟友BRAVE COMBOとか。

また別の流れで、SPIRITだけはPUNKのMarc Ribotなんてギタリストもいるし。Latin Playboysのアプローチなんかもいいねえ。壊して再構築。そこ、大事。

PUNKは単なるSPIRIT。それ以上でもそれ以下でもない。そしてもうひとつ付け加えるなら「ヘタでもアイデアがあれば面白いことができる」ということね。Young Marble Giantsなんて面白かったもんねえ。

PUNKのSPIRITは「実家」みたいなもの。自由を思い出すための。実際の実家からは「帰ってくんな」と言われちゃいるが、だはは。

だからPublic Image Limitedが来ても食指は動かんがThe Pop Groupなら、と思う。post PUNKの時代が音楽は「最後の」もっとも自由だった時ね。

今、ところで、おれはとっても自由だけどね。みんなアタマ硬いわ。



















posted by 浪速のCAETANO at 15:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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