2015年12月31日

不可逆性の路で下り坂を

せっかく今年の暮れはいい感じに早めに終了して、ちゃんと掃除して…なんて思っていたが風邪で終わっちゃった。これから「テキトー」な掃除をして[すっぽんぽん'ズ]と年末ライヴで、その頃にはもう2015も数十分ということになっているから、あっというまに2016である。もう戻れない。時間はほんと、残酷であるね。

そうやって2014も2013も2012も…2008も…2000もgone behindなのだった。人もどんどんいなくなってきたのだ。どんどん、少子化とは言え、生まれてきちゃいるものの、かれらはチビッコであるから、失くした者たちの代わりはできないのだ。

ということは、おれたちはどんどん知己をなくしていってるわけだ。中高年のロンリネスはそんなとこにも一因があったりもする。

思えばJohn Lennonが殺されてしまった時から始まったのだった。Johnはシンボル。その「感じ」がリアル・アンリアルコミで、知人の死の際に「再生産」がなされ、いちいちおれたちは哀しみ・絶望感と無力感に囚われ、そしてまたそこから立ち直っていくことを繰り返すのだ。

そしてそれはオノレが死の当事者になるまで続く。ある時から明文化はできなかったが、そんなことを気づいてはいた。

年を取るにつれ、その比率は、近い者が大きくなっていく。またこれも当然と言えば当然。

「下り坂」はスピードが出る。振り返ってるヒマはなく、危険でもある。それでも障害物を上手いスラロームでクリアして行かねばならぬ。おれたちはそんなフェイズにいる。おれの寿命=この国の寿命でもういいかなという気もしてる。自分の認識として、だが。それはおれが身勝手になってるというよりもこの国の「ザ パワフル」の、国のあるいは民間の組織運営を見てるとそれより先のことを考えてるのなら、今あんたらがやってることはその意味において整合性とれてないよ、だからである。

だから、悠長なことは言ってられない。おれももうだいぶいろんなモノを失ってはいるが、そのうなんというか、そのせいかもう怖いモノがなくなってきた。

来年は間違いなく「忙しく」なるが、それはオノレの活動量が久々にアップすることを意味すると思う。みなさん、浪花のカエターノはもう終わりかと思ってるかもしらんが「意外に元気、それもかなり」ですので、そこんとこヨロシク。ホントの才能ってそう簡単に「枯れないの」。

いや・まぢで。

今年一年、Todo O MundoであったりSentomiento'15であったり、すっぽんぽん'ズであったり、浪花のカエターノであったりしましたが、いろんな場でお世話になりました。この場を借りて、感謝の意を。

Muito Obrigado!

みなさまにとりまして2016が「マシな年」になりますことを祈ってます。












posted by 浪速のCAETANO at 15:44| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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