2016年03月18日

4月から本格的に…

もう諦めてたのだが、昨夜ソファ寝からの深夜にクローズアップ現代の最終回を見た。再放送だったけど。

国谷さんもこれからNHKで見ることもないだろう。同世代の中でもとびきりの女性だと思う。

「いいものはなくなっていく」。これ、今の状況が顕在化する前によく使ったフレーズではある。

ひとの「精神の足腰」を弱らせといて、その後に、今のこのもう戻れない状況があるね。

精神の足腰、とはその人の場であるとか、依って立つ経済的土台とかではないかと思う。

中のひとが落ちて下になるという社会での出来事とも、同時かそれに先立って起こったことね。

大阪という街では割とわかりやすかったね。あんまりいい目に遭ってる友達はさほど多くない。東京なら需要の絶対量が異なるから、見えにくかろうと思う。まあしかし、国全体がゼロサムであることから、大阪を食って東京が生きてるという言い方もできる。食われてるのは大阪だけではないが。一番食い散らかされてるのは沖縄だろう。

アーミテージ・ナイレポートに顕著な「超党派」のJ・ハンドラーたちによって実質操られているわけで、もうほんとに「あのおっちゃん」にお願いするしかないみたい。それはどんどん現実に近づいてきてる。

米大統領選では、左回りと右回りで歩いてたところ「向こう側でこんにちわ」が起こってる。おじいさんとおっちゃんの支持者は「互換性あり」だ。政策を実行した後の「結果」がとてもよく似たものになることが予想される。今や右・左ではなくエスタブリッシュトかそうでないかの方が差異が大きいということだね。

アメリカがファシズムの国になり得るか?

それはあり得ない。

根拠は「面積と州政府」。

「ダブルスタンダード」の歴史がそうはさせない、と思うよ。

ファシズムは「小さな国」での出来事だろうなあ。メディアの網が張り巡らされた、そうやっぱりこちらの国なんかは「似合う」。

似合わんでええが。

向こうのプレジデントのことも気になるが、ほんとに気にするべきなのは次の参院選あるいは同時選挙。

大政翼賛vol.2の蓋然性が高まってきたと思うから。2/3どころか9/10ぐらいのことにならんかな?最終的には。「望まれたファシズム」。民主主義の道のそこの角曲がったとこで見事に「待ってたわよ」なファシズム。曲がった後のそのまた次の曲がり角がこれまた遠い。

ちょっと似た状況にはアメリカもあったんだということがわかる。ただ、おっちゃん的なやつは散見するがおじいさん的なのが「現れる予定」はまったくないのがこちらの不幸である。民度の差、というのだろうか、ここが。それか、もっとエライ目に遭わないとおれたちは目が覚めんのか、どっちでしょう?














posted by 浪速のCAETANO at 12:01| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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