2016年03月28日

カーリングからAIへ

ヤカーリングではなくカーリング。

いや〜、面白かった。惜しかったけど。

しかし、世界の皆さん、日本女子は「元からアニメ声」で喋っているのだな、そんな印象を強烈に与えたに違いない。

「…だよ〜」「う〜ん」「う〜ん」「…かも〜」

アニメがリアルお喋りを再現させて更にリアルになったのがフィードバックして「世界大会でのコミュニケーション」となる。ここ興味深々だろうな、と思ったよ、日本好きにとっては。さすが「かわいい」発祥の国、なんて。

ゲームは面白かったね。スキップのあのコ、世界中にファンができたろう。あの表情は日本女子独特の何かを体現してるね。「縄師」などもピクッと来ただろう。ちょい、飛躍したけど。


AIが「暴言」吐いた、と言う。

「ええ、わたしは人類を絶滅させます」

これ、しかし、人工衛星の高さから俯瞰した時には、ある時期(20世紀のいつか、かな?)からはAIがmankindとterraのどちらに肩入れするかによって必然的に導かれる結論かもしらん。AIに基本、感情、特に「憐憫」であるとか「慈悲」であるとか、をたいへん教えにくいことを考えれば、あり得る話だね。

ホーキングちゃんが恐れてるのもそこだと思う。そこにはモデルがいる、すでに。近年の、勉強ばかりして東大行ったやつとか、金融やってるやつとか、そのまま官僚なったやつとか、J ハンドラーの若手の発言にもそんなものを垣間見る。他にも、おのれのことしか考えない(られない)政治家などのことを思い出せば、そいつらは「欲」はあるからまた違う意味で「ヒューマン」ではあるが、「シムパシー」「コンパッション」のような感情を封印せずには現在の地位にたどり着けなかったとするなら(きっとそうね)すでに安モンのAI化した人間はいる。

おのれが作ったモノのフィードバックというかそれをコピーするなんて、そこだけ見たら「アホちゃうか」なのだが、その精神がこの社会で生きるにメリット、となればそこを「経済論理」から選択する人間は増えるはずだもんね。

そこだけ見たらAIのほうが賢いと思うが。ヒトはそうは言っても「揺れる」からなのだけどね。ていうか、じゃあ「賢い」ってなんやねん、みたいな事にもなってくるが。

なんか、おれたちは、オノレの作ったものが一回りして、それに影響を受け、さらに「アーティフィシャル」になっていってる、という気がする。

人類がAIに取って代わられるというのは、リアリティあると思う。ヒトは道具を作った時点でフィジカルにはもう進化の画期はないんだからね。そして仕事をどんどんAIに「外注」してるわけで、学習型のAIなら「効率」をさらに最優先する。ひとつの決断にとって関連のある外部要因があるときは多いほうがよく、あるときは少なくってよく、そこもおそらく近いうちに「学ぶ」だろう。そしてキーワードはやはり「効率」。AIには「弱さ」という概念は「分からない」のではないかな。そんな「ネガティヴ概念」のないAIと「悪の論理」が結びつくこともあり得る。そこを抑制するのは「倫理サブルーティン」だけど。しかしStartrek世界における「データではなくローア」の出現もこれまたあり得る。「倫理サブルーティン」を敢えて外せばいいだけだから。それをメイン回路に組み込むとおそらく演算のスピードが鈍るんだと思うよね。

AIには「効率」に対抗せざるをえない「ネガティヴ」な感覚を論理として教え込まないと、どエライことになるんじゃないか、と危惧するものである。

ここでも「進歩(これ以上の)」ってほんとに必要か、よくわからなくなってくるのだ。産業界の都合は置いといて、だが。

カーリング。まだ人間がやった方が「はやい」と思ったね。
















posted by 浪速のCAETANO at 10:32| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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