2016年04月22日

born in 1958,died in 2016

あんまり慣れちゃいかんが、人の死に。

Prince died。

考える。50sには前半後半があって、後半生まれはなんとなく割りを食うというか、当時の世界のダイナミズムにどうも、子供ゆえ一歩遅れ、前半生まれの方のお下がりばかり充てがわれてた、そんな印象がある。

born in 1958.

音楽はある時からそれが、他のすべてのフィールド同様の、進歩なのか・退行なのか・迷路の中なのか、過去には存在した方向性を一般論としては見失っているが、それでも表面的には変容し続けてはいる。

50s生まれがアドレッセントな時代が結局、60…70sということになるが、ここであまりにも色々「身のある事」が起こりすぎている。先ほどの「一歩遅れ、子供ゆえ」とはここでの話である。すごいものが毎年毎年「普通の顔して」登場する。当時は子供でお金もないから、ちょっと前のアドレッセント以前のリアル子どもの時代の情報はおにーさん、おねーさんに頼らないといけなかった。当時は音楽に関しても、なんでもだけど「歩幅」が大きくてしかも、それがいろんな方向へのヴェクトルであったから、しかもTEXTもないから、とっちらかり方も激しかった。そのとっちらかり方がその後の「音楽的回収」により飯の種になるんだけど、資本主義的ね。でもそこ、良心要るよ。

どの世代にもセンスのあるヤツはいて、ただ、そのパーセンテージは「かなり」低く、年取ったらもっと下がり、もう最近は同世代のヤツと音楽の話をするのは一部を除いて「怖い」体験になっているが。

その音楽に関するベーシックが「仕込まれた」時期というのがアドレッセント前夜から夜明けときてその後の10年くらいだと思うのね。そのときに「そこ」にあったものは「同じ」なわけで、そのチョイスこそがセンス・なわけでさ。

I was born in 1958 too.

だからリアルタイムで出あった音楽はさほど変わらない。

Princeはポスト・パンクの時代にリック・ジェームスなんかと同じ括りで出てきた記憶がある。まあ、モノは全然違いましたが。若者によるファンク、そんな印象。ロック寄り。

のちのち、その天才性が明らかになってくる。50s後半生まれのポップ・ミュージシャンの前半生まれに対する逆転満塁ホームランは、なんといっても録音に関することで一歩先んじたということ。そういう意味では年上にもトッド・ラングレンという人がいるが、彼・特別。

音楽は基本、最初、個人のアタマの中で「生じる」が、それを具現化するにはパートが要る。楽器がいる。要はひとがいる。バンドの面白みはまさにそこにあるのだが、録音のお金って「あまりに高額」だった。時間5万なんて普通だった。それはやっぱりちょっと現実的ではない。だいぶ安くなったはずの90s初頭でさえ300万かかったよね、おれたちのパラボラ・スピンズだけどね。ソンナ・バナナね。A Decade-IN FAKEですが。めんどくさいね。

で、そこをオノレでやっちゃえばどやねん。発想ですね。その気持ちよく分かる。おれがAKAIの12トラックを買ったのが89年。120万だった。1トラック10万やで、が当時のギャグ。トッド・ラングレンも使ってた。昔、金あったなあおれ。ま、置いといて。

一人で音楽を作ることの楽しさ、というのは「確かに」があるのね。おれもそれ、よくわかる。ライヴとはまた異なる何か。ある種の、個人における全体性の回復にそれは貢献する。

そこを一番上手くやったのがPrince。この発想は「前半生まれ」にはないのね。楽器の達人、いるからね、周りに。前半生まれは音楽で、いい場所を占めて、お金も持ってた。だから状況的に「くそー」と思ってた後半生まれの、窮鼠猫を噛む・じゃないが、乾坤一発でもないかも知らんが、まあ逆転ホームランだったわけね。

個⇄集団のSWINGはその振り幅大きいほどダイナミックなのね。今はおれもそう思う。ただ、当時は「個へのヴェクトル」だいぶ長かったね。

PrinceはFunkをベースに、本人はギタリストとしてはーSantana followerだったし、広義のロックを普通に取り入れてさらに広義になるポップのフィールドの中での優れたアーティスト。

ロック・ミュージシャンのプリンスがと報じられてたが、部外者にはそんなとこだろうね。Princeの音楽には「過去と未来」が同居してるのがいいのね。その過去とはborn in 1958が根拠であるのは言うまでもない。

後半に限らず、50s生まれの作る音楽はどんなに初動期に個(自閉と言ってもいいが)へ向かっても、必ず最後には「明るい場所」へと戻ってくる。それは再度言うなら「過去とのリンク」が太いから。たまにkむろみたくアタマ悪いのもおりますが。間違った幼少期。

Princeはカネに困ってたチャカ・カーンにヒット曲を書いてあげたり、同じくカネに困ってたジョージ・クリントンに自分のスタジオをタダで使わしてあげたり、やっぱりブラック・コミュニティの中で生きてた人間だった。近年おれは真面目なリスナーではなかったけれど、R&B、それも、今のじゃない、を書いて欲しかったかな。パープル・レインがそれ、なのかもしらんけどね。

広義の同級生、died in 2016。God,walk w/ him.










posted by 浪速のCAETANO at 12:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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