2016年05月20日

初夏の頃

スカーンと晴れるかと思ってたら、そうでもなかった。ま、それでもいいよ。暑すぎると半袖で出て、夜、寒いやんということにもなるので。

ひとつ、用事がでけた。「ちょび髭なのに女のコ」を連れて帰る、だ。

ネコのキャリア、捨てなくてよかった。歴代おねえさんネコの匂いの中で「ん、なんやこれ、ママの匂いとも違う、ん?」と思ってる内にキミは北区の住民になるのよん。まあ、一回、大混乱してちょーだい。

ネコの性格、様々だが、こちらの性格はもう決定してるので、ここまでの歴代ほぼ二桁の彼女たちもそこに対応するわけだから、ある程度のヴァリエーションの中にある。ほぼ主観ながら「いいこ」に育てばいいなあと、ぼんやり思う。差異は必ずある。おれは、うーちゃん・ぺろ、店長は、ロロ・ジーナの幻影からは自由になれないが、それでもこころの中に別の部屋を「増築」したいと思う、髭女子のために。

さて、晴れてきたね。

中間テストが2週目である。3週間続く。一学期は最近、いつもこんなことだ。意地が悪い。年度始めはなかなかペースがつかめず、まあ、基本、そんなに仕事しぃではないから、ちょっと五月病である。5月ももう終わるが。そして六月病というのはあまり聞かない。諦観と慣れに包まれるからだろうとおもう。あんまりもう可愛さもない。可愛い時期はあっという間に過ぎる。フレッシュと言い換えてもいい。注目の拡散とともに紛れて、馴染んでいくということね。


JOCからのカネが渡った会社はヒンドゥー語のなんとかかんとかを英訳すると「ブラックマネーロンダリング」となる。くくく、そのまま過ぎて笑える。直裁的。サラ金なのに「プロミス」なんてのよりずっと「正直」であるとは思う。電通始め代理店のヤバさはもう飽きるほど言ってるが、「空気」が商売になるなんてさ。空気と人買いがこの国の産業のメインである。それとこれからは本格的に軍需。資本主義の最晩年の痙攣的状況なんだけど、そこはあまり批判的な意見聞かない。何かの重しがあるのね。わかってるけど、言わないね。

小銭を求めてたかる、ウンコとハエのハエが異常発生してハエ柱みたいになってなかなか近づけない。

そしてみなさん、何かに中毒である。中毒がいけないなら依存症である。依存はアタマの、宗教に対応するのと同じパートを使うのではないかな。なんか盛り上がるもの、あるといいもんね。そこはわかる。ただ、それを外部に求めてしまうと、どうかなあ。かつてはおれもそうだったような気もするが、なんかそれ、堂々巡りみたいなことになる。それに疲労する。ちょっといただけんな、というのがそれに対する感想である。DVを孕むような愛情関係もそこだよね。

覚めたオタクの完結性は最近いいな、と思ってるけどね。内面宇宙はリミットないのでね。欲望が表面化してるとお笑いにしかならんしね。世のオヤジですね、いわゆる。被害多いわ。

ぐんぐん晴れてきた。

先日、教え子の現熊本在住から、「ここ、住み続けんの、ヤバくね?」という相談を受けた。ヤツの場合、熊本は結婚した流れで住み始めたから地元意識はほとんどないから、そして東京、大阪、名古屋、アフリカと天下の流れ者体質で根性ありだし、どこ行っても大丈夫だと思うのだけど、そんなやつだから、どこでもそう変わらんと思うのだが、でもおれはやっぱり中央構造線上はマズいよというつもりだけど、じゃあ、どこがいいよ?となった時、うーんとアタマを抱えるのね。ただ余震の1500回超というのは何かがおかしい。異常。だから、熊本はマズいとは思うが来年になると新たなハザード・マップ in Japanに新たな地域が付け加えられてるかも知れない。

そう考えていくとリアルに人生は博打の要素大きいな、という結論になる。もうこればかりは運命としか言えん気もしてくる。ほんまにありきたりながら。

油断してた地域が、次々に災害にあってる、そんな印象もある。熊本の件はどうもそんな感じ。未だに「白い」地域がいいのか、逆に一回「黒くなった」地域がいいのか、例えば神戸とか。活断層による直下型を避けるのか、南海トラフによる津波plus原発の存在を考慮するのか、答えはとっ散らかる。「もう、わしら、どこへも行けんけんね」とかの方が右往左往しなくて、ハラも決まっていいのでは、そんな気もしてくる。要は「結論がでない」わけよね。

そんな中東京は、ミニとリアルの間ぐらいの「バブル」である。大阪の一部もそうみたいだが、マンションを買って(ローンで)それを転売してウン千万儲かってるってさ。アブないね。オリンピックだと思うが、返上ということもあるのにね。80sのバブルのまだケツ拭ききれてないおっさんもおるわけで。ただ、バブルは「繰り返される」のはそれこそ、末期資本主義の痙攣状況では自明のことなので、それに乗っかろうという人々は続々と出てくる。不動産屋や銀行のヤツらを喜ばせるだけなんだけど、欲に目が眩むととやっぱりここも宗教に対するのと同じパートを使ってpositive一直線思考で邁進していく。

ムスリムの人々や被災された方々、欲をどこかに置いてきた人、ネコなどが崇高に思えてくる21世紀10sの初夏の頃。















posted by 浪速のCAETANO at 10:52| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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