2016年07月25日

高校生はまあ醒めてた

ポケモンGO、もう飽きましたと高校生said。

意外と「オトナ」のものなんじゃないの。よーは知らんが。

自民党本部=永遠の与党、になってるらしいよ。こちらの国の事情よく知ってるね。なんかもう裏では「固定されたシナリオ」が着々と進んでいて、ひょっとしたら抗うことができるかもしれないという「幻想」を見せられているのかもしれない。どうもそんな気がするんだね。

都知事もムサシでおばさんの勝ち、決まりみたいである。自民党が割れてるのになぜ勝てないのか。割れても野党共闘よりも多いのか?そこらへん、よく分かりません。それもIMPRINTなのよ、という意見もある。スムーズなムサシ起動のためと聞く。

高江の件、酷いね。150人の町に500人の機動隊。機動隊は警察の組織だが、まあ警察も軍も一番の対象は「自国民」ですから。覚えといたほうがいいね。メディアも見事に「取り上げない」。

成り行き上、首が絞まって落ちた女性がいた。

「わざと自分で締めてる」そんな書き込みがあった。どこまで腐っていってるんだろう、99%の中にいるくせに1%にいるつもりの勘違い野郎。いや、実際は1%の下の下の下ぐらいのええ歳こいたオトナがかきこんでるという説もある。でも、面と向かったら「ヘタレ」なのは知ってる。PC、スマホ前限定「凶暴な人」ね。


さて、いつまで音楽ができるのだろうか?メジャーの音楽は政府を補完するもの。その証拠に批判をしない。業界、だからね。放送、広告と、首根っこ押さえられてる。離れて良かった。大体、アホのマネージャーとか地域統括のサル並みの頭の部長クラスにエラそうに言われたくないのね。

あんさあ、こちらの国の人々、Neil Youngを見てみろよ、と言ってみたい。Caetano Velosoを見てみろよ、とも。まあcvの時代とは、「時代が」ちゃうが。

音楽に政治を、、、、、とアタマ、サルの子たちが言ってるけど、あのな、経済音楽なら、そこはどうでもいいのよ。で、経済音楽は体制の補完物ゆえ、ややこしいことは言わないさ。ただね、音楽が「自由」という概念からしか生まれるわけがない、と思ってる身には、そこ不自由になっていただきたくないのね。自由を制限するものが権力であるとするなら、「ちょ、待ってや」と言ってしまう。これ、ふつーのことね。ただ、シールズなどどいう、くだらないジャニーズ・政治の真似事ヴァージョンがしかし、若い音楽ファンにブーイングってことは、そのねじれがだいぶこんがらがってるなあ、ということね。うーん、そこ、ちょっとめんどくさいな。

今はそっちに対してstraight forwardな姿勢で物申すことも本当に効果的にやるのは更に難しくなってきてる、と感じる。なんでかな?と思うんだけどね。

言葉をおれたちは「操作」されすぎてるんだね。内容は「毒」をいっぱい孕んだ言葉が、言わば「脱臼」させられて、のっぺりした奇妙な一見中立性を保つ言葉に「置き換え」られている、と思うね。

サラ金が消費者金融みたいにね。ガイジンが見たら、それは消費者の味方と思うだろうね。

緊急事態条例、が最も分かりやすいね。これ、憲法停止だからね。国会議員はみんな「もう一度言うが みんな」これ、実は望んでる。なぜか?ずっと国会議員でいられるから。だって、選挙ないからね、もう。

こんな嬉しいことはないはず。

もう大体みんなわかってきてると思うが、次は「それ」ね。英国の国民投票を見て、これはやっぱりやるべきではないと思ったはず。かなり国内「ガサガサ」になる。ギスギスする。敵味方に「無理やり」させられる。二択のHARSHNESS。判断は1or0というそんな単純なものじゃない。
国民投票はヒトをアホにする選挙だね。

二分化、それも単純化をともなうもの、って良くない。こちらの国の人で、ムスリムでもないのに「テロリスト」になるヤツ、「必ず」出てくるよ。心情isというテロリスト、世界に現れてきてる。リオ五輪もかなり危険度高いと思う。政治機能がぐっと下がってるブラジル、大丈夫だろうか?










posted by 浪速のCAETANO at 16:17| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック