2016年08月28日

純ちゃんの一周忌に(夏がヴェランダから終わりかける頃)

そろそろ8月が終わる。なんか長かったなあ、との印象。異なる質のヴァラエティがこの夏を長く感じさせたな、と思う。暑さも大概だった。
さて、9月になると、純ちゃんの命日が来る。この一年、重なってしまった偶然の不幸でかなりfelt depressedだった。何かやろうと思っても気持ちが「中折れ」するというか、ね。どんどん目に見えて悪くなる社会のこともそれに拍車をかける。そうなると、死者を羨ましく思ったり、死者に当たったり、死者は何もダイレクトには答えてくれないが、別の場面で交わした会話がある時ふと思い出され、その言葉の根拠やその先にあるものを考えさせてくれたこともあった。「死者は依然死者ではない」ことの証であるんだけどね。

純ちゃんとはA Decade-IN FAKE、Sonna Banana、Parabola Spins、the Vibrators、Convenience Store Cowboysといろんな形態のバンドをやってきたが、そこでかつて共有したテクニカルなこと、あとスピリッツ、そんなものは人が変わっても再現するべきだと思うし、再現できるのではないか。まったく同じものはできないにせよ。そこは変化することに何の危惧もないからいいのね。

いつだって過去のやり残しの中にしかヒントはなく、というか新しい出会い(ヒト/モノ問わず)が必ず再帰的要素を含むということもあって、後ろ向きに思いっ切り進路を取ってみるというのも時間の進行が真逆であるためにその力加減によって変な方向に行かないかな、そこで新しい地平の蜃気楼でも見えないかな、など思っている。

Going backward leads us a weird place.

純ちゃんが亡くなってから、ものすごく逆説的ながら、A Decade-IN FAKE、Sonna Banana、Parabola Spins、の再現を、まあ形を変えてですが、考えていて、それはオノレの熱狂の「極大値」がやっぱりそこにあったからなんだけど、おれは音楽的早漏だったこともあり、あの斬新さをもう一度今の人々に「当てて」みたら「どうなる?」という興味・関心があって、まあ簡単に「世界のリズム」とは言うんだけど、もちろんPOPのなかでという意味だけどね、今回はメレンゲぐらいから再獲得していこうかなと思ってる。

形態はSentimiento'16のカタチ。今回も「空いてる人」で構成しるんだけど、まあ、そうは言うてもなかなかゴージャスかも知らんね。

岩田Xou(B)、岸健一郎(Per)、伊丹正典(Per)、北村嘉章(G)、山藤卓実(Tp)。コンボだけど、コンボにはコンボの良さがある。音分厚かったらええっちゅうもんでもない。

純ちゃんの一周忌に「かこつけて」A Decade-IN FAKE、Sonna Banana、Parabola Spins、の再現の前哨戦をやろうということかな。おっちゃんもきっと喜ぶと思う。

共演は、純ちゃんとは切っても切れない「キング堀内」。キングちゃんはブルーズ・サーキットの中ではもう押しも押されぬSTATUSになったみたい。おれにギター弾かしてくれんかな。

盟友2名で純ちゃんの一周忌に。あとかおるちゃんおったらよかったんだけど、結果、この方が後ろに行ってるみたいで変なとこ行く蓋然性。

純ちゃん亡くなって、高瀬も亡くなって、松さんも、WONも、でだいぶ弱ってたけども、ちょっと動き出そうかな、そろそろ、という夏がヴェランダから終わりかけた頃のちっちゃなマニフェスト。









posted by 浪速のCAETANO at 12:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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