2016年09月06日

へんな時間に

変な時間にstartrek見ながら結果、ちょい寝でもいいかと思ってたら本格寝になって結果、変な時間に起きてる。もう寝れんな。

おれが寝てる間にも世の中は動いていたみたいで(あったり前田のクラッカーだが)fbなど開けてみると、皆さんいろんな活動されていたみたいである。たとえば、店長、テキーラでエラいことになってなければええが。杞憂かな。

久しぶりに学校の日だったがチャリ通でももうさほど汗かかないね。いい季節になってきてる。こういった空気感の変容だけが「最後に残る」んだと予感した。そういう感覚を持ってりゃの話だけど。そればっかりは単に経験いるね。一般的にいうなら単なる経験。おっちゃん、おばちゃんの相対的偉大さとはそこぐらいしかないんだよね。地球公転の実感の回数ということにでもなろうか。特に、春秋経験ね。夏冬経験というのは情緒ではなく生活実感。そこはそこで捨てがたいがワンランク下である。暑さではーはー、寒さにブルブル、そこに情感は生まれない。基本的にだが。春秋こそが黄金である。そこ、どんどん短くなってきてるでしょう。有体に言うと亜熱帯化ゆえ、だが、それもよし。貴重なものを貴重と感じるにはそれが本当に貴重になるしかないので。

それは感情的体験であると同時に皮膚感覚でもあるわけで、皮膚と感情が直結してるヤツなんかにはその黄金は輝き度5割増量なんてことになるのね。

おっちゃん、おばちゃんよりエラいのは誰か?それはおじいさん、おばあさんである。と、予想通りの展開。それも「欲」が昇華してしまったかのようなおじいさん、おばあさん。マズローを逆行していくんだと思うんだけど、ここ分かりやすすぎて言い切るのにやや躊躇われるとこだが、おおよそ合ってると思う。生臭さがない、ではないのだが、そこを見せないワザが身についている、ということね。もちろん物理的にゼロに限りなく近ヅクもOK。

いろんな歳の取り方、あるよね、きっとね。

ギンギンのじじいも悪くないとおもう。在日伊太利亜人みたいな。

そういえば、「家畜人ヤプー」がアニメ化されるんじゃなかったっけ?

今、この時期にかよ、とおれなどは思う。高取さんが芝居化はしてたが、芝居ではそこに実際に触れる絶対数は小さい。どういう主旨がアニメ化を貫いているのか、だけど、事によっちゃシャレにならんな、という気がしてる。沼正三という人は川端・三島の「裏」だという気がしていた。谷崎はコインの淵に立っていて6:4で裏を志向していた人だという気がしていた。おっと澁澤さんを忘れてた。文芸評論家ではないので「気がしていた」で全然いいのだけど。ここらへん、かなり「日本独自」のものであって、軽々しく一般化できないところなんだけど、中上さんや両村上さんにも直線あるいは点線・破線で繋がっている。おれはもうそこから先ってこの国のすべての文化がいい意味悪い意味両方で「JOKE」だと思っていて、そのJOKEが世界の精神の劣化とともに面白がられてるんだ、そんな理解を、超大雑把に言うと、しているんだけど、それは、ある時期から、SOMETHING NEWで次元が変わって「拍手〜!」だったのが、それが「路線化」した瞬間に「前よりずっとしょーもない」もんになる。その連続だった。衝撃はあるんです。Gainは高い、がSustainがない。PUNKしかり。だから、SPIRITだけが残ってる、で正解なんだけど。もうそこからぐちゃぐちゃになってしまったから、時間軸がおかしな世界におれたちは生きてる。もう30年ほどだが。

資本主義の獰猛さをナメてたとこ、あったね。もう取り返しつかんけど。もうひと世代の間で状況が変わりすぎてて、親世代にやれたことを、その意識だけそのままで、子世代がやれるという状況にはないにもかかわらず、ほら意識だけは以前のままだから、普通にやる事に疑問持たない。それを社会的に出来る、というのは、みんなが出来ないといけないのね。あるCLASSは出来る、ではあかんのよね。その選別のDRIVEがじつは資本主義だったんだけど、終期資本主義ですね、もうデッド・エンド間近のね。「貴族」の人たちはいいよ。どこから貴族かは大変微妙ですが。そのグレーゾーンがかなり広がってしまってるからね。

これからは「食える」ということだけで「恵まれてる」と思いなさい、そんな無言の圧力が、あからさまになってくる。もうすでに、かもね。そこまで人をバカにすんなよ、とも思うが、ほとんどの方がそれでいっぱいいっぱいになるから、意外にここは説得力を持つことになる。アホなひとはそこでオノレの倫理を曲げたことに気づかず生きていくことになる。ヨメや子供おったらしゃーないもんね。首根っこ押さえられてる。オーマイガッデスであるね。

どうしたらええんやろなあ?というのはおれがアホというだけではなく、エラい学者もわからない。それが政策となったとしても2年ほどで破綻する。最初はうまくいっててもね。資本主義の加速度はもうすでに「∞」に迫ってる。

だから、戦争へ向かう、というのは必然なのかも知らんなあ。特に「文物」としてしか知らない人々ばかりになった社会においては。抑止するパワーは史上最低ではないかな。ただものすごい「メーワク」だっちゅうことは忘れてはいけない。おれの周りは既に戦争中みたいな人の死に方だったけど、もっとその頻度が高まると思えば戦慄を超える。行くも地獄戻るも地獄だね。


それでも秋は来てる。外気温のなんと爽やかなことよ。


北林純一周忌「マッド ドッグ ジュンを超えて」

9・16(金)@Ganz

Honziも死んで丸9年

9・23(金)@絵本カフェholoholo



posted by 浪速のCAETANO at 06:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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