2016年10月30日

いや、あのね

エアポケットのような昨日今日。こんな日々もないとやってられんわい。といった感じ。

いや、マヂで。

今週は外仕事は3/4ほどだが、大学入試が(公募だが)始まる。これはこれでね。cute JKとの二人三脚。really cuteなので。なのだが、試験中に平気で寝るヤツなので、そこが「困っている」。なんじゃそれ、だよね。本人曰く「どうしようもない」のだそうだ。精神のユルみとかの問題ではないのだそうだ。もっと「生理的な何か」が原因みたい。目に沁みる目薬とかツボとかおれ用のドーピングとかを分け与えて、なんとかしようとはしている。なんとかなればいいが。

パスワードもおれは知らず、原稿だけを送ってあとよろしく〜、でよろしく〜後担当だった高瀬がいなくなり、もう塾のHP、一生あのまま朽ち果てていくのかも知らんなあという気もする。ネットジーニアスが一人いるが。

ちょっと出来ることをやんないとな、そう思ってる。こうゆうときの「ビンボー人の知恵」。きっと何かある。考えろ!


昨日は最晩年(とおれは思う)の親父のanniversarioだった。83oかな。アキヒトくんとおないのはずである。妹からは母親との2ショット、そして孫たちとの5人での「顔がネズミ加工された」versionが送られてきた。

なんだか「複雑」である。

うーん、と考え込んでしまった。少なくともおれよりお袋、お袋より親父の最晩年の方がHAPPIERであろう。それはいい。そうであってくれることでこちらの気持ちもやや鎮まるというものだ。

だが、おれよりも、そしてお袋よりも幸せであるはずの親父の晩年がおれにあったとしてそれがおれは心地いいかというと「?」であるのね。先のこと(おそらく悲惨の嵐)が見えている以上、そこんとこどーよ、という気持ちが先に立つ。やっぱり死者を冬季集中講座であまりに見てしまったことからはまだ自由になれとらんなということなのでしょうか?

maybe ,maybe not.

そんな老後まで「たどり着ける」のか?という疑問が先行するからさ。

今年を、今月を、今日をなんとか生きる。そこんとこがpriorityである。それが正しいと思えるのね。ワカモノと接していて、やや切なくなるのはその現状を彼らに当てはめた時ね。みんながみんなというわけじゃないだろうが、国を覆う不幸はみなさんの頭上でダークな光を放ってるからさ。

ちょっと前に「希望だけ」がない、そう形容されていた国がもっとないもん増えてるでしょう。安全とが平和とか自由とか、希望の前提になるものの崩壊を目のあたりにして立ちすくむ、というのが「客観」である。

なかなかツライね。ゾンビにならな、やってられんわいということかね?ハロウィーンて明日よね。もうすでに昨日今日が本番みたいな。アングロ族サクソン族に蹂躙され追い払われたケルトの民の「大晦日」みたいなものよね。アイルランド・スコットランド移民が新大陸にかなりいたということね。それを「前倒し」というのは、まあなんというか日本人らしいというか、アホというか、アホなんだけど、そこそんなに批判する気にもならんなあ。そうまでせんと「やってられん」そう見えるからだろうか。

しかしイナカでそれやると浮くやろなあ。なんかかなりイタイな。やれへんか、イナカじゃ。季節間違えたナマハゲみたい。

国自体がどんどん不思議ちゃん化、よね。表面は。底流は不気味この上ないのにね。







posted by 浪速のCAETANO at 14:45| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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