2017年11月29日

light my fire by myself over&over again

国会で「詰まる」とアミーゴがローンチしてくれる。

しかし、どんどんこちらの国は脇へ脇へと追いやられてる。端役。それに「キー!」となっても端役は端役。歴史の必然だからしょうがないのね。

高度人材がこちらの国には「ちっとも行きたくない」と言う。論文の数も激減している。大学が変なものになってる、ということだね。硬直した国。おれたちの子ども時代からは遠く離れて、ザ キング オヴ うんこ、な国に成り果てちゃった。


純ちゃん、それでよかったのかも。そういいたくもなる。

12/9の「センティミエントの実り」は北林純の「三回忌」も兼ねてます。

間違いなく、時間とともに劣化というよりもはや崩壊だね、が進行していくわけで、その現状とおのれの、あるいは周りの人々の寿命との「兼ね合い」を考えるわけだよね。

救いがない。希望などとうの昔に言葉だけにものになっているが、それよりもなによりも「救い」がない。

なのに、ぼんやり、どんよりしてる。元気がない。元気もでないのね。だから内向するしかないよね。内向が悪いということではないけど。一旦内向することは必要ですが。

既得権を持ってる人間の醜さばかりが見えてくる。もう階級ができちゃってる、流動性の極端に低い社会が出来上がってしまってる。もういいとこなしだね。

国会の劣化。国会とは「国権の最高機関」である。それがあの体たらく。もう中学生に「三権分立」を説明するのが辛いね。フィクションを、つまり小説のストーリーを話しているような気になるね。その劣化がいろんな世界において参照されていることがよくわかる。劣化も最終段階かと思う。

まあ、そんなことながら、まだ自分の中に熱があるから今日も生きようと思うわけだが、楽器を弾いてる時と人に原理的なことを説いてる時ぐらいだね、いろんなことから自由になれるのは。まあ極力嫌なことからは遠くにいないと。音楽を聴きそれとシンクロし、面白い本を読み、そういうものって「栄養」だよね、ハートの。ハートはカラダをも支配するし、逆にカラダはハートを支配するし、周囲がどんなにウンコであろうが、おのれの中にはまだ燃料が残ってる限り「Light my fire」、何度でも、そういうことかと思う。








posted by 浪速のCAETANO at 09:04| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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