2018年03月21日

曽根崎キッドの日々 49

「まだ約束の時間まではだいぶあるから休んどき。寝ててもええで。起こしたるから」

 安本は部屋を出て行った。さゆりは眠りたいと思った。きっと曾根崎キッドの夢を見るだろう。その夢はあの風呂場での出来事の再現であってほしい。それも何度だってかまわない。夢は一瞬で何時間も何日も何年ものタイム・ワープができることをさゆりは経験上知っていた。すごい密度で夢を見たかった。一生分の時間がそこに凝縮されてもかまわない。その後は地獄の一日が待っているのだ。その地獄の中で感情を持ちたくなかった。感情を持ってしまえば、そこでは商品になるとさゆりは思った。それはさゆりにとって敗北だった。身体は感じるだろうし苦痛も覚えるだろうが、そこで精神的な反応だけは避けなければならなかった。何度もいかされるだろうし、オトコやオンナの体液が身体に入ってくるだろう。それでも粘膜の外とこちら側は別世界なのだ。

 さゆりはいつしかソファの上で寝息を立てていた。安本が一度だけ様子を見に来たが、腰から足の線をしばらく見て「ん・ええオンナや」と呟いて出て行った。さゆりはこんな夢を見ていた :

 さゆりは姫だった。平家の姫だったのだが、今は源氏との戦いの中、平家は敗北を続け、都を落ち、九州まで逃げる途中だった。さゆりには姉がいたのだが自害してしまっていた。姉はものすごく源氏を怖れていた。源氏の男どもを怖れていた。「あのような田舎者の手に落ちるくらいなら死んだ方がましです」という言葉を姉の口から何度聞いたことだろう。何度も何度も耳にタコができるほど聞かされ続けたさゆりは最後にその言葉を聞いた時もなんの緊迫感も覚えず聞き流していた。その日の夜に姉は死んだ。さゆりはあまりのショックに一時言葉を忘れた。ちょうどその時、源氏の軍が迫りつつあるという知らせが入り、姉のことを弔う間もなくさゆりたちは西へ逃げたのだった。「あのような田舎者・・」というのはどのような人間たちなのだろう・とさゆりは考え続けたが、目の前には何かおそろしげな鬼のお面をかぶった大男の像しか浮かんでこないのだった。さゆりは13歳であったが、この身が、なんの庇護もなくなった際には、とてつもなく恐ろしい出来事が起こるということはなんとなくわかっていた。夜に野営地で蚊帳を吊って寝ている時、ものの気配にふと目を覚ますと、蚊帳越しに知っている顔があった。「キッド!!!」さゆりは飛び起きて蚊帳をくぐり、キッドとキスをした。「さゆりちゃん、行くぞ」「行くってどこへ?」「まかしとけよ」その時矢が飛んできた。キッドの頬をかすめ蚊帳を貫いてさゆりが寝ていた布に刺さった。キッドの頬からは血が流れていたがその血と共に曾根崎キッドは溶けていった。「ああ〜ん、キッド〜」

    さゆりのクルマがパンクしてしまった。長く広い道を走っていたのだ。路肩に停め下りてみてみると左の後輪がぺちゃんこだった。「シット」という言葉が漏れた。(つづく)
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posted by 浪速のCAETANO at 09:07| 大阪 ☔| Comment(0) | 曽根崎キッドの日々(作り物・続き物お話) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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