2018年04月25日

carp # 3

dirty極まるウンコ野郎はのうのうと生き延び、崇高な人格の元プレーヤーは亡くなる。そんな「典型的」でいいのか?と思うが、人の世はままならず。

ウンコをウンコと呼びウンコとして扱いそして処理すること、機能としての「便器」が社会にないことがいかんのだ、おそらく。

衣笠のフルスウィングは柳田のそれともことなり(どちらもfavoriteながら)、身体全体を使い、その力強さがバットスウィングに集約されるかのようなそれだった。ギータほどの恵まれた身体ではなかったにもかかわらず、だ。

仏の心を持った強靭なアスリートだったと思う。強さと優しさの同居という稀な現象を衣笠の中に見ていた。立派とか崇高とかもう言葉は錆び付いているのだが、しかし、その言葉で形容する対象は、その言葉の本来の意味のままだ。

どうやったら「ああ」なれるのだろう?ズルさなどは欠片もなく、被害者なのに加害者の責を必要以上に問うこともなく、おのれの中へと回収できるそんな精神力をどうやったら身につけることができるのだろう?

ストイックともちょっと違うと思っていた。不自然さ、ストイックの持つ無表情さ、心を敢えて閉じるようなところ、なかった。他者に対する「リスペクト」、それが必要のないようなクズに対しても、ごく自然に、あった。デッドボール直後の態度は「ストイック」では説明がつかない。

おれたちは、ひどい人間性を見させられ続けていて、もう麻痺してるけれど、そんな心洗われる人格のことをその死に際してしか思い出せないという「バカな人生」を送っている。ちょっと早いなあ。
posted by 浪速のCAETANO at 14:07| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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