2018年07月29日

ド・ボーン

ときどき、おれは自分がアホだなあ、と自覚することがある。普段はそう思うこと、さほど頻度は高くないがそれだけいっそう、そこに気づいた際には「ドカーン」というか「ドボーン」だ。深い井戸にハマる感じ出てる!?
オウム事件死刑囚の同時excutionを、おのれのハートの痛みみたいなことばかりで論じていた。アホだった。あまちゃんだった。ときどき、ほんとに視野角度が狭くなる。おのれとその対象だけの関係性に陥る。「ドボーン」であった。


あれは国民に対する「脅し」だったのだ。彼らの半数以上が「再審請求」中であった。井上くんが、というのは知っていたが、10人がそうだったというのには驚き、その後ゾッとした。その過程でのexcutionであったことが、民主国家をもう放棄したという意味であって、そこをみなさん、とくに法曹界の方々、声を上げるべきなんじゃないのか?あがってるのか?おれは知らないが。

法相は「再審とか関係ない」と言った。いや、法務大臣が小島よしおになってどうすんねん?マヂで。

天災が続いて、それに続く人災も天災の中に含まれうやむやになってしまってるのだが、ひとのハートのキャパにはリミットがあり、辛いことが続けばあるところから先はclosedとなりそこからは反応しない、そうなる。

「脅し」。1995をよく覚えてる人間ならその相関もある程度理解できるが、ワカモノならどうだろう?

おれは自分が若かった頃にそんな13人がたった2日でexcute されたなんて経験は、ない。今回のことはワカモノの目に、どう映ってるのだろうか?

「服従がdefault」とはならないのだろうか?autocracyの国の民のメンタリティはこうやって作られるのかな。

目を逸らす、そんな技術に長けた人々が増えるだろう。思う壺であるね。

Nazisのtextも参考資料として入ってるが、本編のtextは大日本帝国だと思う。実際にPMがそれを言及している。

もう三選が確実視される中、olympiadはその酷暑も込みで悪夢みたいなことになるだろうね。

しかし、まだある。まだ何があるか、というと、みなさんもそこまで想像力が働くかどうかわからないけれど、政治で痛めつけられた状態での、空からと地下からの天災のダブルだ。それが「ない」と言える根拠をもうおれたちは持たないと思うよ。

酷いこと、そのむごさが上書きされていき、おれたちもまたアホだからそういうことに慣れることばかりを覚え、現状を受け入れるすべばかりが上手くなっていくばかりだが、それでも限界はある。首の真綿はだいぶキツくなってきてるが、それに慣れることが「本日を生きる」資格みたいな無意識が育ちつつある、と感じる。おそらく当たってる。

もうほんとにシラフじゃ生きるの辛い時間帯が来てるね。個人差あるけどさ。

脅されてるのよ。

変則台風の朝に。
posted by 浪速のCAETANO at 06:47| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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