2018年08月03日

じゃ、いつから?

暑さがまたぶり返してきてる。来週の京都2daysがややビビる。
なるべく動きたくない。外出たくない。こういう感覚もあまり記憶にないのね。汗かきたいsyndromeだったからね。39.8度のptsdだ。いや心的だけでもなく、身体にもコタえた。

TVは山根くん、netでは東京医大。いやーリアルに途上国。しかしここでもう「いっぱいいっぱい」だからね。赤道挟んで南のnew zealand。PM(female)が産休とって無事出産して職務に復帰。えらい違い。

なんでそうなるかなあ?儒教だろうか?

いや、それもあるだろうが、じゃあ卑弥呼(ヒミカ、ね)はどうなる?壱与は?仕方なく「擁立」されたという説もあるけど。

もう一つ、天孫降臨後の説話の中にはことごとく女子を貶める話がある。説話は民衆への「教育」であるから、列島には天孫降臨前には女王が多くいたのではないか?オオクニヌシの大きな支配の下で、だけど。これからはアマ族のしかも男王の時代になったんだよ、というね。

しかしじゃあ、天孫降臨後の「アマテラス」の存在はどうしましょう?ということにもなる。ま、おいといてー。

魏志倭人伝の中で、「女王あり」とやや驚きを伴う記述がある。卑弥呼のことだが、中国においてはあり得ないことだったからだ。

通説(6世紀とされるが当然ウソ)とは異なり仏教は3〜4世紀ごろには九州王朝にはとどいていてそれはその後アマタリシホコが隋の煬帝に対して「海東の菩薩天子」を名乗るほどに浸透していたが、儒教に関してはほとんど記述がない。

神功皇后や推古の実在は「?」だが、近畿王朝初期の8世紀、元明、元正の女帝の存在や道鏡にイカれた称徳のような例もある。半島には知る限りでは女帝はいない。百済、新羅、高句麗だけど。倭人が新羅の王となった、そんな例はある。

平安時代、紫式部だったか清少納言だったか、その父親から「こいつ男だったらなあ、、、、」そんな感想を吐かれた、ということがあった。

ここでは男>女という構図があったことが示唆されてる。

仏教は分け隔てはない。儒教は分け隔てだらけである。

欧米ならそうではないというわけでもない。セクハラやレイプも実際あるし、そういう男はいる。ただそういうことに対して社会の通念として「negative 」という考えが「より浸透している」ことだけは事実だ。自分の親世代を考えてみても男>女という発想は確かにある。そこ、反面教師だったが。

山根くんは「お山の大将」「ジャイアン」かなり対人的に凄みをきかせてたろうとおもう。中津にもそんなクソオヤジ、いる。だが、対処は比較的簡単だろうと思う。いや、関係者大変だったとは思いますよ。マル暴絡んでるからね。

女子に「反ゲタ」履かす、はだが、コンセンサスなのでもうちょっと根が深い。こちらの国お得意の「誰に責任?」が見えないからね。医大全体に、国公立私立問わずみたいだから、根が深い。

女医の方々、優秀ってことでもある。女医さんで安心、とも言える。

もともと、こちらの国は男女差が極力小さかったのではないか、そんな仮説。古代においては最も有名な王は女性である。さらに縄文〜弥生初期・中期においては女王が多くいた気配がある。

仮説ついでに男優位社会は渡来人とともにもたらされたのではないか?

男優位の背景的条件は戦乱・戦争である。半島は古代は戦闘だらけ。そこから列島へ「落ちて来た」人々多数である。こちらなら戦国時代。戦国時代に確立したものが江戸を経てじわじわ浸透し、明治になり欧米に追いつけ、となった際に国家神道の後押しにより「固定化」し、その名残が今である、とかいうのが端折ってるが本日の結論、ということにしておこう。


posted by 浪速のCAETANO at 12:06| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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