2018年08月12日

Ultramanならなあ

藤井元財務相が言っていたことが当たり。
「pmは青嵐会である」。

極右てことね。海外では(何度も言うてるが)ultraman、じゃなくてultra
Nationalistと言われてるけどね。この「評判は定着」してます。

Ultramanだったら「どんなに」いいだろう。3分でおかえりになる。ピーコピコ始まると気が気じゃないから実質2分30秒ぐらいである。

どんなにいいだろう。

石破の健闘を願う。公正、謙虚、丁寧。それが争点で十分。海抜マイナス20mが現状だからだ。

現実的な話。圧勝させなければ求心力は減衰する。だから負けても負け方次第。おれは党員じゃないから俯瞰するのみ。

石破は民主主義の「手続き」を重視している。当たり前のことなのだが、そこがないがしろにされてるからねby pm一味。

こちらの国は「荒れ・荒らされ」の末路を転がり落ちている最中。そしてf’(x)はplusに転じてはいないと思う。つまりもうこれ以上落ちない、というとこまで「落ち切ってはいない」。それはおそらく戦後民主主義の遺産なのだが、まだヤツらが切り崩すpartsは残っている。あと海抜でいうと5m分ほど残っている。

その5m分の中にはまだ大事なものが残る。切り崩しにくいものがやっぱり残るんだよね。

そこは石破も分かっている。

昨日も言ったが、同世代として「レジスタンスせよ!」と言いたい。

pm一味は逆らう者はその属性の如何によらず「潰す」という主義だから。野党共闘が「失速」する今、かつてのLDPに戻るのであれば支持してあげてもいい。何もおれは社会主義を求めているわけではない。現在の資本主義は酷いものだが、両極端はどちらもダメだということ。中庸よね。「平等」を志向すること。今はこのことが大事。「ソーシャルな資本主義」というか、言わば。

Compassionのなさ、こちらの国の言葉では近似するのは「情」であるかと思うが、政策の根本に「情」があればそれほどharshにはならない。態度から政策自体に至るまで。

韓国、中国への謝罪で最も欠けているのもそこ。実質だけが全てではないよね。こちらの国から失われたものの中で海抜マイナス5m分はそこら辺である。情とハートがなくなった。

国の構成要素は決して「政府」だけではない。そんな風に思わさせられてるとこがアタマ悪いヤツの頭悪い所以で、よく考えてみ、24時間生きてる中で、どんだけ「政府」に世話になってる?地方自治体には世話になってるよ。ゴミとか水道とか。

おのれの存在を、そんな大きなものに吸収させること、これは一種の精神病である。病んでるのよ。おのれの不満、不安を弱い者いじめで解消するって子ども時代のなんかの復讐かよ、ルサンチマン。哀れよのう。
posted by 浪速のCAETANO at 10:05| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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