2018年09月25日

あの頃、博多

【you may dream】というNHK博多制作のドラマを見た。
おれたちの7つ8つ先輩のお話。鮎川誠さんと亡くなった奥さんのシーナさんの。

鮎川さんがやっていた「Sunhouse」は高校時代長崎で見たことがあった。超ソリッドなロック&ロールだった。punkっぽかった印象さえある。beatを凝縮していくと見た目パンクになる。だがpunkはまだというか、出現するかしないかのキワキワの時期である。

いきなり飛ぶが、やっぱ、Stones、YardbirdsなんかのtraditionのあるBritain って「Blues偏愛」がそれこそ伝統的に底辺に流れてて、そこには出口のないエネルギーがフツフツと滾っていてpunkをキッカケに一気に噴出したんだなということがわかる。それが「New Wave」。だからヴァリエーションがすごい。

Pistolsやclashはキッカケに過ぎなかった、と今では思う。その後そのルートを通って出てきたミュージシャン(例えばコステロ)、punkとは実は無関係。マーク ノップラーなどもそのルート、でいい。ただ「道」ができていた。なんでも「something new」であればOKほどの意味だが。

アメリカのアフリカンアメリカンの作った音楽を聴いて触発されたBritainの音楽に触発された博多のミュージシャンの中で一番賢かった人が鮎川さんだったと思う。あの人、九大だしね。昔のいい大学に行く人はそれなりの頭を持ってる。今みたいに「受験術」とかないから、地アタマと大学の序列はほぼイコール。地域の事情もあるけどね。近くの国立に行こうとかね。

博多にリヴァプールを「幻視」する、というのはeasyだが理にかなってる。博多の当時の先進性はまあ遡ること2000年ほどの、これまたtraditionだけど。他の地域でいうなら横浜、横須賀が近いかな。だが博多の方がストイックだ。beat orientedという意味で。標準語に近い、と博多弁。そんな兼ね合いもあるのかな。

シーナは若松の子だった。若戸大橋というのがある。当時は画期的な長い橋だったと記憶するが、若松ー戸畑を結ぶ大橋。

言うても博多のことは当時はよくわからなかった。ただおれたちよりも5〜10歳ほど上の人たちで早熟な方々、それは列島全土にいらっしゃったのだが、その人たちの情報飢餓状態を満たした欧米の文化の絶対的な豊潤さにはときどき「くそぅ!」となる。

京都の北山和可さんとかもそんな人。またいずれちゃんと書くが。その世代ね。鮎川さんとシーナさんも。

シーナ&ロケッツは共演したことがある。横浜国大の学祭だった。メンツすごいよ。シーナ&ロケッツ、頭脳警察、近田春夫とヴィブラストーン、おれたち(A Decade-IN FAKE)。そう考えると、おれとかもLegend入っててもいいんだけどね、だはは。まあそんなことはどうでもええが。

The most underratedも面白いが。この歳になってワカモノみたいなジタバタ、ほんと情けないが、だけど、まだおれにしかできないplanがあるからそこ宇宙人みたいにヒューっと突然「なんの苦労もなかった」かのように現れたいね。まあ忘れておいてちょーだいね、ぜひ。

戻るが、おれたちが中学生だった頃の博多は(おそらく列島の大都市といわれるところに共通の)その飢餓状態を埋める情報でセンスのいい子たち、沸き立っていた筈だ。博多でいうならチューリップや井上陽水とか名前出てくるが、鮎川さんたちとはサーキットが違うのね、おそらく。そのチューリップサーキットの彼らの最大のライヴァルが、おれが長崎行った時には必ずお邪魔する【Uncle Harrison】の井手さんで、「その後」をモチーフに「NHKスペシャル」が放映されたほど。おれも出たけどねNHKスペシャル、大阪クラブシーン(共演は日限さん、あまみやしろう)。ま、ええが。

でも、ちょっと面白かった。on demandでよろしければどうぞ、【you may dream】。キャスティングも良かった。マコ先生役の彼も、シーナ役の彼女も、原田美枝子の次女らしいけどね、父はARBの石橋氏だという。ARBは全然よかった。ハウンドドッグとかは偏差値40ぐらいの人用だけど。アレキサンダ ラグタイム バンドね。なんで比べた?




posted by 浪速のCAETANO at 05:08| 大阪 | Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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