2018年11月27日

愚者の金

大体おれのシフトは、、、シフトだって!バイトみたいやけど、まあさほど変わらんが、週序盤は夜、で週末から週明けが朝、という感じ。だから朝朝朝ときて夜との間はボーッとしてることが多い。ちょっと緩んでるというか積極的に昼間から飲んでしまうとかそういうことになるのが多い。逆に夜夜夜、で朝の時は睡眠不足で翌朝からドーピング強めに行っとこう、帰りの電車絶対座って寝る!そして早めに寝たいと思うのだけどそうも行かず、結局前日の轍を踏む、みたいなことが多い。
だから今日は昨日までの朝朝朝からの夜初日であるはずだからまあ昨日も昼間からワインをハーフほど空けたし、緩く酔いながらチャリンコこいで島之内から帰ってきたのだけど。ただ、今週は(来週も)変則。期末テストが重なってきた。だからこの数日、朝朝朝朝(ちょっと多い)で、今日は夜だが明日は朝から夜、明後日は昼から夜、でその後夜、でまた朝朝朝となんかチョーシ狂いそう、狂ってる、そう思うし、実際そう。

手帳見て、まあ音楽はないから、あっち行った挙句、帰ってくるのが大変とかはなくてまだ精神的には負担軽いのだけど、とりあえず一旦気が抜けるのは12/7ぐらいかなと思ってる。

フラっと「消えたい」と思ってる。なんか彷徨いたい。18キッパーもええな、と思う。行った先で宿探す。まあ年末だから混雑はあると思うがなんとかなんじゃね、ほどに高は括っている。

激しい自由が欲しくなるのだが、そのための仕込みをしてるだけの気もする。変態。その激しい自由も、言うならば、一月という単位の中では相対的には瞬間でいいんだよね。高瀬が死んだ正月だったか、そんなことがあるとも知らずにツヌガアラシトを求め、敦賀へ行ったことがあった。レンタサイクルで市内と気比の松原を巡ったが、記憶に残っている。比較的良い方の記憶だ。その前の寿司だけを食いに勝駒だけを飲みに行った富山も、北雪と〆張鶴だけを飲みに(でもなかったが)、佐渡と村上を訪れたのも、もっと言えば、花巻に賢治の影を追いに混浴入りに行ったのも、ここはなかなかブリリアントな記憶である。間に出雲があり、念願の新宮の火祭りがあり、超最近の四万十もあり、その前は後鳥羽上皇ほどの熊野詣もあり、最近はよく長崎行っていることもあり、まあまあ「ホモ モーヴェンス」だな。移動はイタ車、フラ車時代から苦にはならなかったなあ。いや、手段が目的化する「良い例」、おれにとってはね。最近は鉄道、飛行機、バスに「身を預ける」というまあ言えば無責任?にさらに身を任すことのお気楽さにかつての自分とは異なる何かを発見して、なんとも言えんとこがあるが、これだってまた「成り行き」。

今、ハートが自由を求めてることがよく分かる。金を求めて、やっと見つけたつもりが「fool’s gold」でも構わないのね、その場合はね。過程が言わば人がalter する現場なのね。
posted by 浪速のCAETANO at 11:32| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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