2018年12月04日

あおによし

現天皇家(近畿の王朝)の「公的歴史書」である日本書紀には【大嘗祭】のこと、何度出てきてるか知ってる?
秋篠宮の爆弾発言。非常に正当なことだと思って聞いていたけど、世間は娘婿候補の家の借金の方がより興味、みたいだが、えーっと、おのれのアタマで分かることしか反応しないではあかんのではないか/ないの?

そこは広義には「女性/女系」の問題と絡むけど。そのことではなく、大嘗祭。

新嘗祭はannual base 、だが大嘗祭は天皇の代替わりの際に。それはいいんだけどね、じゃあその伝統はいつから?

最近、非常に稚拙で浅薄な低脳読者むけの歴史書(みたいな感じのもの)を、wikiのコピぺそのまま使ったりして(だはは、バカ)出したつるっぱげいたけど、それが堤未果ちゃんの本ぐらい売れているのを知って椅子から転げ落ちたが、変な手首のつき方して、痛いやんか、どうしてくれんねん。

BC660年、くくくく。アホにもほどがある。まあでも「信じるものは救われる」という格言もあったりするが、でも今みたいな物理的・精神的環境崩壊してる場合「、、、、、、は騙される」あるいは「、、、、、、はポイされる」とかをちょっと心配してあげてる。でもまあ信じてるものに裏切られてそこで寿命が尽きるのなら同情は無用か。

逸れるが、そのつるっぱげ、pmと親和性高い。アタマの質的・量的レヴェルに非常に近似的なものがある。お仲間、ね。共に盛り上がって、共に盛り下がってちょーだい。

Pre-warの世界、好きなんだねえ。おのれが上にいること前提ってのが前提になってるのが不思議。御都合主義極まりない。

さて、で、最初のquizの答えはというと;

「一回だけ」

どなたか、椅子からズルっとなっておれ同様手首痛めてくれてたら、うれしい。

ご存知のように、日本書紀は持統期で終わっている。書き終えられたのは720年。今から1298年前のこと。2年後、嫌な予感がする。2020だけど。

その持統期に一回だけやった、と記されている。持統は天武の嫁である。さららちゃんね。実はこんな描写がある。

十二月の壬午の朔丙戌に、大嘗(おおにへ)に侍(つかへ)(まつ)れる中臣(なかとみ)・忌部(いむべ)及び神官の人等、并て播磨、丹波、二つの国の郡司、亦、以下の人夫等に、悉(ことごとく)に禄(ろく)賜ふ。因りて郡司等に、各爵一級を賜ふ」。

 つまり大嘗祭に参加した人たちにご褒美をやったという記事がある。これが明確に『日本書紀』に「大嘗」という言葉が出てくる最初なんですね。明確に出てくるのは天武天皇。ところが天武天皇のところには明確とはいっても、大嘗祭をやったという記事がない。大嘗祭に参加した人に褒美をやったという記事だけである。変ですよね。
 大嘗祭をやらないのに参加した人に褒美をやるってことはあり得ないんです。これは非常に「?」つきなんです。「?」がつかないのが持統で、
「十一月の戊辰に、大嘗(おおにへ)す。神祇伯中臣朝臣大嶋、天神寿詞を読む」。

そんな超大事な儀式を天武のところで「やった」とは書かずに(しかも初のこと)流すって、ね。

新しい儀式だったってことね。「彼ら」にとってはね。もっと言うなら、どこか由緒正しい人々の「真似」をしてみた、ということ。

彼ら、が誰で、由緒、、、、が誰でというのはよくここで言ってる。聡明なみなさまはお分かりだと思うから、そこを踏まえて先へ進むが、明治からww2までの「記憶」しかない現代人の、その中にはpre-warにノスタルジアな人々も一定数いる中で、大嘗祭が「やんのは当たり前」という論調で話は進んでいくみたいだけれど、その「正統性」も含めてよーっく考えるいい機会のためのボールを秋篠宮が投げたような気がする。彼のアタマの中には、これは現皇室のコンセンサスだと思うが、やはり自分たちの政治性を(非政治的であらねばならないことも含めて)狡猾に利用しようとする勢力(ことあるごとに天皇陛下ばんざーい!」を狙ってる人達いるし、それは最近もあった)に対する牽制というよりも反論という気がするのね。

本日言えることはその大嘗祭とは「現皇室」の発明でもなんでもなく、それは由緒正しい勢力からのパクリであって、その由緒正しい勢力の神はアマテラスではなく「天神」であったということ。天神様の天神。今は菅原道真がいてなんかようわからんと思うが、違う。北野天満宮、大阪天満宮、太宰府、すべて元は天神を祀る神社である。

太宰府は「遠の朝廷」。近畿のど田舎もんは憧れを込めてそう呼んでいた。

「あおによし 奈良の都は 咲く花の 薫うがごとく 今盛りなり」

この歌はどこで詠まれたか?@奈良、で疑いようがないと思う方1億人以上いらっしゃると思うが、間違い。@九州です。

えええ、、、という声が聞こえてきそうだが続きは「また来週」。書く気になれば。

posted by 浪速のCAETANO at 12:43| 大阪 ☀| Comment(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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