2019年02月24日

無視はできるが無視もできない

@沖縄、「反対多数」ということになりそうだ。
で、どうするの?

いかに「法的拘束力」がないとは言え、「直接の県民の意思」を全く無視、というわけにはいかんと思うが。

こうやって、あまりに非民主的なことを続けていると、煮詰まってくる。先鋭的になってくる。互いの前線が「最前線」化してくる。

「県民の意思を真摯に受け止め」と「移設計画は何ら変わることはない」という自己矛盾に、普通は、その「分裂」に苦しむことになるのだが。ただし、もはや「ヒトではない」輩が中枢にいる場合はね。どうだろう?

だから「ヒトに」戻さないといかんね、彼らをね。pmはもうしょうがないとして、望月さんに「苛立つ」という「感情」を日々表現しているsecretaryはまだ戻る可能性があるかもしれない。「苦労人」にちょっと期待したくもなる。吉祥寺大卒やセメント屋はボンボンなので無理だと思う。が、苦労人は?法政の夜学じゃなかったっけ?間違ってたらゴメンちゃい。

実はあの酷い態度と上村に邪魔させてるのは「おっさんの弱さ」の裏返しである。あのおっさんの、が正しい。固有のね。

非常に「人間的」なものを感じてた。人間的=いいもの、というだけじゃないよ。しかも、おっさん、沖縄担当大臣ではなかったか?

人を人とも思わない、がこちらの国の「バカ2トップ」だから、そこはもうどうしようもなくて、そうねえ、やっぱりsecretaryかな、と思う。明日の記者会見でも、なんぼ腑抜けの記者たちでもそこは「本日のkey issue 」であることは間違いない。それを「真摯に受け止める」ということを一応言った直後に、計画には変わりがないと続けざまに言及することに「痛む」だろうと思うのだ。痛め、もっと痛め、そう思う。

President へもその結果は行く。これが一年前だったらなあ、と悔やまれる。今のdtはバノンとかがいた時のdtとは違うからだ。こちらの国のdt批判ってちょっと的外れだったのだけど、異なる方向から移動してきて、結果的にはその的外れの批判対象に重なりつつある。so sorry.

今って「アメリカ」の「民主社会主義者」にempathetic 、という意外で皮肉な状況になってる。リアリズムと呼応したアメリカの(このことはこちらの国でもそうあるべきなのだけど)socialismは希望があると思うのね。政治や社会状況もまた「swinging 」でいいからだ。いつだって「行きっぱなし」はあかんのよ。揺り戻しが必要で、ど新自由主義の社会においてはそのカウンターは社会主義、でいい。昨日たまたま、BSで連合赤軍の顛末、みたいな番組、見たが、あれは45年前だけれども、当時は「早過ぎた」。ソ連や中国、でさえ早過ぎた、と言える。早過ぎた証拠が「独裁化」だと思う。cubaはよくわからんが、音楽があったからまたちょっと様相が異なる、ぐらいしか言えんが。

ただ資本主義は「行き過ぎ」ている。だから、人間はほんとバカだと思うのは、なぜ「どっちかばっかり」になるかね、ということだ。

ここまで欲望全開にした人数が多い時間帯はなかったはずだ。もうそれが社会の「がん細胞」であることは自明なのに、みなさん「進んでがん細胞化」を競う。ここが「バカ」でなくて何と言えばいいのだろう?よくわからない。

社会主義も新自由主義もblack boxではなくて、その都度その都度の微調整の材料ってそこにしかなく、競争と平等化をうまくブレンドして均衡を取りながらやっていくしかないじゃないか、と思う。そして、そこが「リベラル」という立ち位置だと思うけどね。

さて、明日はsecretary の会見での「揺らぎ」に注目している。
posted by 浪速のCAETANO at 23:36| 大阪 | Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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