2019年03月09日

恥ずかしい大阪だからこその逆転満塁ホームランの可能性

朝から葬式。なんかいろいろ考えてしまう。
親父の葬儀の際にはそうじゃなかったインヤンのダブルスーツがキツかった。おれちょっと太ったか/太ったな。ええ歳になるとやや「小太り」ぐらいがいいよ、という説もあるが。

まだ小太り、とは思われてはないとは思うが。

小太り、言うのが楽しくなってきた。ちょっと「かわいい」な。


さて、よくバカpoliticianが「アホなこと」言いだして、それに反対すると「反対するなら対案を出せ」と言うが、「アホかお前、それをすんな言うのが対案やんけ」で正しいのだが、「改(悪)憲」などはまさにそれで正しいとおれなどは思っているんだけど、「対案」がmustの場合が今度の大阪のバカチームによるクロス選とか、「もう、ホンマやめて欲しい」のだが、そこは「対案」がないとそれって「アホの好き勝手」を黙認することになる。人の道から外れてる。

橋下って「罪深い」と思う。

だが維新は強いのよなあ、大阪。それって大阪人てアホなのよなあ、と同義、というのが大阪市に住民票を置く身にとっては「うーん、もうっ!」なのよ、いや、ホンマに。

もう恥ずかしいったらありゃしない、である。

ただね、今度は大阪市限定ではなく大阪府も巻き込まれてる。堺の竹島ちゃんのちょっとしたスキャンダルもそれに合わせて、みたいな意図も感じるわけである。「一回ケリがついた都構想」のためのね。

おれは元吹田市民だけど、現吹田市民とかさ、非大阪市民だが大阪府民にとっても「ちょっと他人事ちゃうで」ということなのね。

大阪の「屈折\複雑骨折」が根深い。だが現実論としては、アイツら「以外なら誰でも」いいんちゃうか、ぐらいのものである。極論、おれでもいいわけよ。極論が暴論なっとるが。だはは。

ほんと誰でもいいの。そこ、国政と相似形でもあり、そのカウンターにしてもおそらく「相似形」を取ることしか策はないのだ。

「【ここはひとつ】まとまって対抗する」でしょうね。【ここはひとつ】、これが大事なこと。

志位くんもそういうことを言ってた。大阪のLDPは「リベラル」。維新が国政中枢と極近いという屈折/複雑骨折の中で、かつてのLDPのニュアンスが存在してる。

もう国政も府政も市政も、どれもダメ、という目に遭ってるおれたち大阪市民、かなり、というか日本一不幸な身としては、泥まみれの中、例えば、西川きよし師匠を知事に、とかどうだろう。維新に勝つにはそれなりのビッグネームは必要。市長は、まだエネルギーが残っているなら元市長の平松さん。例えば。

ここは相似形であるから、最低最悪の大阪でこそ、そんな客観的に見たら無茶な共闘が必要。LDPとskgとcommunistsとの共闘ね。「anti-fasism (hashism)」でいい。こういうことで勝利したなら、枝野の気も変えれるかもしれない、というものである。

もういくらなんでも、ああいう人々の好き勝手に本格的にブレーキ掛けないと。国政に於いては二の足踏むことを地方自治で「試して、成功する」のがいい。地方自治は「民主主義の学校」よん。

タイミングとしてはそろそろ「ええ頃」だとおもうよ。
posted by 浪速のCAETANO at 18:47| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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