2019年03月13日

Brian Ferry band@なんばHatch

Brian Ferry bandをなんばHatchに観に行った、w/すっぽんぽん‘ズ。

ある種の憧憬を持って観に、聴きに行けるミュージシャン、なかなか物理的に少なくなってきてる。もっと年下だったらそうでもなかろうかとも思うが。

正確に言うと、【Punk で Rockは終わった】からなのだ。Punkが業界に取り込まれた瞬間に終わった、ということ。そこからは二周目の、先達の残滓を掻き集め、それでもヤングは再生産、再々生産されるから、彼ら用の音楽は「業界的には」あり得るし、それは「間違いなくカネになる」ことが自明であった。一度「実験済み」。Mid-Late 80sからそれは始まったね。

おれにはそこらへんの偏見があり、おそらく、まあ拘りとも言えるが、U2とか聴く気がしなかった。

Queenとかold waveもold wave。何を世の中が騒いでいるのかちっとも分からん。音が「古い」、古すぎる。それに関してはEUが悪い。ヨーロッパ選手権(Euro) のchampion を讃えるBGMをクイーンにしちゃってるから。あーあ、だが他に何があるか、Heroes? うーんわからない。既成事実の強み。

ツェッペリンは今でも聴けるがクイーンはゲー吐きそうである。みなさん、シロートだからか、あるいは、耳触りさえ良ければそれでいいのだろう。「それがポップでしょう」などしたり顔の50代とかいそうだが、うん、そうだね、ただしそのポップにはbottom upの匂いが何もしない。ポップってのはさ、そういうなんかちょっとそこらへんのにーちゃんがギターたまたま持って、お、このノリいいぜ、かなんか、そういう安モンの香りがいいのよ。チャックベリーだってそうだよ。そのR&Rとその背後にあるR&Bのグルーヴを感じられないとおれは無理。モチーフにクラシックを使ってる時点で当時のおれには受け入れ難かった。おれは世界で一番嫌いな曲が「we will rock you」だが、ほんと全ての音源を抹殺してこの世から葬りたいが、何十億単位のアホを前にしたら「多勢に無勢」。であるからおのれの脳内で「we will rock you」のない世界を構築するしかなく、しかしあちこちから漏れ聞こえてくるqueen の悪臭にゲロしそうになりつつ、その都度飲み込んで、逆流性食道炎の往復みたいなことになっとるのだ。誰か責任とってくれるんかい!

で、Punkはその矛先が「great zeppelin 」へ向かった感があった。queenとか倒す対象でさえなかった。しょーもなさすぎて。もっとも『恥ずかしい』音楽だったからだ。「お前しばいても手にばい菌移るわ」ぐらいの感じ、かな。

だから、お金儲けというコンセプトのもと既存の音楽の「再構成」がされたんだね、その後。で、おれより年少の人々はそこらへん当然無自覚だし、世界(欧米)と日本でも(その様子が稀に見る最悪だが)、それ以前とが断絶された音楽シーンが「創り上げられて(捏造です)」行くことになり、その果てが「今ここ」ってことね。

こちらの国の人々なんて音楽資本からするなら「ナイーヴもナイーヴ」赤子の手を捻るようなものだ。さんざんアホ音楽で踊らされてるわけで。いいカモですね。経験って大事よ。


そんな中、まだおれが「憧憬」を持って観に行けるミュージシャンの1人がBrian Ferryだった。

Roxy Music初期のムーグの入ったR&R、Marc Bolan,David Bowieの延長線上の存在。Enoの存在。プログレの香りもあり(プログレ嫌いじゃない)、Rockの進化に「貢献」したことは間違いない。queenなどは退化、だった。ブライアン メイ、ええ人かもしらんが、あんな「伊勢うどん」みたいなギター、アホちゃうか、と思ってたし、フレディの人間ドラマに反応するとか「まさに資本の論理」にやられた〜、である。そこにトラップがあるのがわかっててハマる。ご愁傷様。勝手にやっといて。

いかんいかん、悪口、盛り上がる。

Roxy だった。その後、梅ちゃんも言っていたが、やっぱり「Flesh & Blood」そして「Avalon」のあんな世界を創り上げることができる人間は「リスペクト」すべきだよ。もちろんボブ クリアマウンテンの存在、おっきいが。エンジニアの存在感が増した時代に、おれは後期のRoxyに関しては「凡庸」という言葉を「使いたい」が、凡庸であるからこそ、傑作が出来た、と言いたいのね。曲の凡庸さあってこそのあのアレンジ、ミックスということ。「More than this」といういつ聴いてもフーッとなる曲があるが、ごくシンプルなバックに鳴る極力音数の少ないフィル マンザネラのフレーズ。昨今、リズム楽器としてでなくウワモンとして、あんなに「効率のいい」ギター、ないよ。トニックからサブドミナントへ移行する際のオクターヴ上の1度から下がった2度のシークエンス、震える。シロートさんには「?」だろうが。知るかー、queenとともに滅べ。一緒にpmも連れてって。

悪口、盛り上がる。

で、ライヴである。Brian Ferry 声がやっぱりちょっと往年の、、、というわけでにはいかず、その分クリス スペディングのギターをフィーチャーしたり、ショーとしての気配りが見える。「voice is stuffed」ながら、これは曲を成り立たせてる要素が、何か個人の特筆的才能によってじゃないからその分、byplayerに振って十分見せ場になる。Brian Ferryという人は以前からやんちゃな感じがないというかありふれた言い方ならgentlemanというか、他のとっ散らかった個性の面々とは一線を画すというか、なんかそんな気がしてたのね。立って歌うときの「なよなよ」も健在。男ならなよなよしろよ、でいい。

9人編成で、cho.2名、key.も触るvl. Key も触るsax.以上は女子。あと、key,bass,クリスg.dr,本人という編成。Saxの子は良かった。見た目もいいし。だがおれが目を奪われたのがドラムス。

彼はほんと良かった。あんないい8ビートをあんな楽しそうに、また真摯に、あんな一生懸命に叩いてるヤツを見たのは久し振りだった。しっかりとアフタービート、そんなことは当然だが、途中からおれが見てたのはSAXのねえちゃんでもBrian Ferry でもなくそのドラムスだった。ベータム叩くとき、しっかり右を見る、みたいなとこに、それが乗りの根拠になってることとかに結構動かされたのだった。たーんじゅん、おれのことだが。乗りが大きくてちょっと岸っぽくもあり、しかし、ロックにおけるドラムスの存在感を改めて感じたなあ。おれだけかもしらんが。だがすっぽんぽん‘ズ2名もそれは感じてたみたいである。

最近の観に行ったライヴのウィルコジョンソン&ノーマン ワット ロイの際のドラムスが「お前今すぐ死ねよ」だったから余計にそう思ったのかもしれない。だが、彼は最高のライヴ ドラマー。名前とかチェックしてないけど。

後半、特にヒット曲メドレーになっていたが、それでいいのだが、最終盤の「Let’s Stick Together」のイントロ、saxの一音イントロを聴いて、凡庸→傑作への回路の一旦を垣間見た気がしたね。足し算でも当然ないし、でも引き算というわけでもなく、最初から「その一音」が用意されてたみたいな、ね。Neil Youngの「Cinamon girl」の単音ソロが必然と思えるような。

曲が大変好きだが本人にさほど興味ないわけでもなくて、Bowie ほどの思い入れがあるかっちゅうといやそれほどでも、なBrian Ferry だったが、行ってよかった。特にカリスマを見に行っているわけでもなくね。いいライヴだったよ。

ただし、おれが一番盛り上がったのはBrian Ferry が出てくる前のドラムスがパターンを叩き出したその32barsだったことは白状しておきます。
posted by 浪速のCAETANO at 08:40| 大阪 ☔| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。