2019年04月11日

いいんじゃないの?

太郎ちゃん、なんか苦しそうだったのね。自由党の国民民主との合体時。もっと遡れば、希望の党の際のユリコの黒幕に小沢くん、それが始まりだったかな。
共同代表の定例会見も苦しそうだった。大リーグ養成ギプスを付けさせられた星飛雄馬のようにも見えてた。

「令和新撰組」ではなくて「れいわ新選組」なのだそうだ。ホンモノの新撰組でも良かった、とか思うけどね。

それは明治維新の捉え方にもよるが。司馬史観もだいぶ相対化された気もするが、やっぱり龍馬は、吉之助は、英雄であるよね。それよりも何よりも明治政府は「長州閥」よね。長州は山口県。こないだ、田布施町を通った。「ここか〜」と思った。そこから出た人がこちらの国を牛耳ってる。ほとんどの時期と言ってもいいのでは。

江戸の終わり〜明治の始まりの時期は大したヤツはほとんど死んだり殺されたり、小物ばっかり残った感があるね。

そもそも明治維新という言葉が「登場」したのは明治14年ごろ。明治14年といえば「長州政府」が肥前の大隈らを追い出した「明治14年の政変」の年。

どこの国のどこの政府も似たようなものだけど、正当化ね。プロパガンダ。

明治政府が「正義」であり、幕府は「悪あるいは過去のもの」という観念を植え付ける際のプロパガンダ。お上の成り行きを「受け入れる」のがこちらのみなさんの国民性とは言え、「勝てば官軍、負けた方は賊軍」という判断が瞬時になされたのだろう。

司馬遼太郎さえ、戊辰戦争は「売られた喧嘩」と言っている。そして「官軍vs賊軍」ではなく単に「西軍vs東軍」である、とも。会津や長岡の悲劇など、当事者の子孫以外はお忘れになってる。

そう考えると「田中角栄」の存在も、また別の「反・長州」の宰相という側面も見えてくる。


明治になって良かったのか?「しょうがなかったんだよ」という言い方じゃなくて、良かったのかどうか、ってのは誰にもわからないはずなのだ。でね、変えること=改革・変革が明治を目指す側と、現状維持=保守が幕府側っていうのは明治になったから前者が「正義ということになっている」だけの話、ぐらいのことだと思うね。

長州に吉田松陰という「偉人」がいる。偉人という評価も相対化されるべき。テロリスト集団の頭脳、という言い方だって出来る。長州がテロリスト集団であるとするなら、長州藩士らを狙っていた「幕府側のテロリスト=新撰組」もさほど悪人視しなくても良いかな。だって「勝った方が」官軍なのであるから。

でね、明治賛美を標榜する勢力、に対する政治的テロリスト(現実的テロとは違うよ、混乱なきよう)としての新撰組ならいいんじゃね?というのがおれの感想。

明治賛美勢力(方便としての)がこちらの国を破壊してるわけで、その破壊のスピードは等比級数的に増していてもうあかん、死ぬ、ってとこまで来てるでしょ?おれは「切実」というのには無条件に反応してしまうとこがあって、それは「元Punk 」であることと関係ありそでウッフン、だが。

ユリコの政局から今まで太郎ちゃんを見ていて、その内部にあるものが「切実」であることがよくわかってた。イラついてるのも見えてた。姉ちゃんの反原発ライヴに2度出たことがあるという縁もあって、他の数少ないが良心の垣間見える他の人々と「覚悟決めて」ぶった切っていただきたいと思う。一万円ぐらい出すよ。
posted by 浪速のCAETANO at 10:54| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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