2019年05月16日

Fandango 永遠に

またプリウス、事故った?
何遍も言うがクルマはマニュアルでどうぞ。ヘタは運転しないほうがいい。年齢は一義的には無関係。

まあ、簡単てことはそれだけ危険回避のための手段も少ないってことね。手順の簡素化ってそうなる。オートマ車のことを言ってる。

マニュアル車ならなんでクルマが「動くのか」がその手順を通して体感できることになってる。手順=マニュアルなのだけど。


喉が痛い。例のやつ。親知らずもちょっと動き出してる。

イヤな感じ。

さて;

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fandango のホンマにホンマの最終回。シリーズ・ライヴをむーちゃんが仕掛けてくれてる。

【marutanikaz y sentimiento ‘19】は5/21に出演します。

こないだが実は最後のつもりだったから、演ってる最中にいろんなことを思い出してた。見える景色というのはそう変わってなくて、fandango のステージはもう死ぬほどいっぱい出たから、すぐにあのときどきの記憶が蘇る。

変わったのはおれだったりするかもしれない。いや、でも同じ現場の魔力みたいなものがあり、まあ、今回ホンマの最後に何をどう感じ思い出すのかわからないが、そのこと自体がまず楽しみ。

選曲は終わり。おれたちの一曲一曲は「長い」ので4〜5曲だけど、みなさんとともに楽しめればまたそれもいい。北林純と「編み出した」Punky  Zouk というBeat。当時は(30年以上前だが)こちらの国ではおれたち以外には演ってなかった。その後、誰かがそれをもってメジャーになったという話も聞かない。マシンを使えば簡単だが、あれを身体でやるってのがね。北林はおれを置いて先に逝きやがったが、ほんとは今回もおっちゃん生きてればいい冥土の土産になったのになあ、など思うが。

まあ、この歳になると常態的に「何かが終わっていく」現場に立ち会うのだがそれもまた不可抗力。自然体で見送る以外ないのだ。

記憶こそがnostalgia の根拠。いい老後を送りたい。現実はエライことになりそうだから、想像の中だけでも豊かなものはあった方がいいね。

北摂の誇りFandango 、おれも北摂の人間だったから「いい出会い」だった。清水さんと付き合いがあった頃「遊び場」を十三にに作るという話があって、おれも早速訪れた。その時にむーちゃんがいたと思う。1987のことだった。a long time ago。で、もうその月から出てたからね。で、スタッフもドシロートでアホやったから(褒めている)なんか際限ないというか限度を知らんというか、日が変わってもまだ演ってたこともあった。とにかく予定調和ではない興奮と熱狂はあって、ここはmad clubかCBGBかぐらいのつもりやったな、少なくともおれは。

当時は東京へもよくツアーで行ってて、そこそこ人気もあり、「追っかけ女子」などもいたのだが彼女らの中では「やっぱりA Decade-IN FAKE はfandango で見なきゃ!」が定説となっていた。おれもeggman la mama、loft、INKSTICK、CAY、VIVRE、大阪ではcandy、bourbon、banana、muse、quatro、sun hallいろんなハコ出たが、やっぱり当時、ホームはファンダンゴ。最も頻度高いのは今でもそうだし、fandango の10年目まではおれたちこそが最長演奏時間を誇っていたのだ。

あのちょっとぐらいしか高くないステージもいいのね。ちょっとぐらいしか高くないのに、上がるとまあまあ高い、そんな不思議なステージ。階段降りてステージへ向かう際のあの昂りは袖から行くステージとはまた異なり、お客の目線を感じ、さらにヤル気になっていくのだった。

しいちゃんのお母さんのあの、コンドル2の「一升瓶タイミング」最高だったし、その後のしいちゃん1Fでの朝までコースの打ち上げもまあセットで、そのカレンダーにはおれたちの次回予定が「マルちゃんのバンド」という言葉で印付いてた。むーちゃんが居なくなって足は1/2ほどに遠のき、おかあさんが病気になってまたその半分ほどになった。

2nd decade,3rd decadeは最初の10年みたいなことはなかったが、それでもポツポツ話があって、またおれも企画もしたかな。

3rd decadeにはおかあさん、ピリピリと追悼ライヴもあり、そのvenue としてはおかあさんはともかく、ピリピリのそれとかやっぱりfandango 以外には考えられないわけだった。おれの追悼が十三でできんのは悔しいで。

バンド名を「ソンナバナナ」に変えたのもfandango の年末オールナイトだったな。バナナ投げ。

初代ディケイド イン フェイク、カオリーニョ、岩崎、シーラのいた、後期ディケイド イン フェイク〜ソンナバナナ〜パラボラスピンズ、CVS カウボーイズ、内橋・カオル・誠一・カルテット、光合成オールスターズ、友野や岡島とのパラボラ3、リングリングサーカスのラッパ隊,ブルース・デッセルとの共演もちろんマルタニソロ、いろんな形態でお世話になった。おれもカオリーニョも北林もそこで自分の限界を超えることを経験したと思う。そんなハコって言うほどない。もうすでに管理の時代に入ってたからだ。

思い出は尽きない。

壁が音をほとんど反響しない理想のハコ。その壁には8ビート、16ビート、ワルツなんかとともにPunky Zoukのビートが、刻み込まれているはずである。それはおれたちだからね。

十三Fandango はおれたちの記憶の中にその時代とともにずっとずっと残り続けると思う。




posted by 浪速のCAETANO at 19:47| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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